特集/未来の在るべきエネルギーの姿とは①~日本の脱炭素実現のための提言~再生可能エネルギーの主力化に向けて ~日本における意義と課題
2021年01月15日グローバルネット2021年1月号
東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
高村 ゆかり(たかむら ゆかり)
2020年10月、菅義偉首相が、「2050年カーボンニュートラル」「脱炭素社会」の実現を目指すと表明した。日本の温室効果ガス排出量の80%超は、エネルギー起源の二酸化炭素(CO2)である。カーボンニュートラルの実現を目指すならば、エネルギーの脱炭素化は不可欠だ。2019年度の排出量は、2013年度比14%減、2013年度をピークに6年続けて排出減となり、国連に報告している1990年度以降最少となった。一貫した排出減は、省エネなどエネルギー需要の減少と、再生可能エネルギー(再エネ)の導入拡大による電力の低炭素化による。
電力部門からの排出は、エネルギー起源のCO2排出の約半分を占める。再エネは、2019年度、総発電量の18%に、大規模水力を除く導入量は再エネの固定価格買取制度(FIT)が始まった12年度と比べ3倍以上となった。世界第3位の水準に導入が進んだ太陽光の発電コストは他国よりなお高いものの、2010~19年で64%低減した。
再エネ導入拡大で、温室効果ガス排出量の削減に加えて、再エネがもたらす新たな価値も見えるようになった。2018年度、エネルギー自給率は11.8%、7年ぶりに10%を超え、2019年度も12.1%となった。需給一体型のゼロエネルギー住宅・建築物や地域で活用する再エネ電源が災害時などのレジリエンス強化に貢献している。
再エネの野心的な導入目標を明確に
2012年以降、買取制度の下で、国が一定期間の再エネの買取を保証することで、民間投資を促し、再エネ導入を拡大してきた。買取制度の賦課金は、20年度に約2.4兆円で、私たち電気の需要家が1kW時当たり2.98円を支払う。賦課金の抑制のためだけでなく、再エネが普通に市場で選択され、自立的に拡大していくには、再エネのコスト低減が不可欠であり、そのためには、投資リスクを低減し、投資回収の予見可能性を高める民間の投資環境の整備が一層重要になる。
最も重要な国の施策は、再エネの野心的な導入目標を明確に示すことである。2020年12月、洋上風力、水素など14の重点分野の実行計画を含む「グリーン成長戦略」が発表された。洋上風力は、「2030年までに1,000万kW、2040年までに浮体式も含む3,000万~4,500万kW の案件を形成する」と明記された。
このように2030年、2040年、2050年次元の再エネ導入の野心的な目標を示すことは、国がその実現に向けて政策を動員し、民間の事業・投資環境を整備する意思を示すことになる。とくに巨額な資本が必要で事業期間も長い洋上風力のような電源に民間投資を呼び込むには不可欠である。こうした目標によって、全国規模の送電網の広域運用の加速、導入目標と整合的な送電網増強・整備のマスタープラン(基本計画)の作成などが必要であることも明確になる。
第二に、買取制度はもちろんのこと、電力システムに関わる現行の制度が再エネ主力化、脱炭素化という政策目標と整合的かを改めて見直すことが必要だ。
これまで先着優先ルールの下で、先に送電線に接続した電源が優先されてきた。再エネを含む新規の電源は、混雑している送電線には増強を待たないと接続できず、接続に数年もの長い時間がかかることもあり、費用負担もかさんだ。
再エネ主力化のための措置として、混雑していない時には新規の電源の接続ができる「ノンファーム型接続」を早期に全国に展開し、さらに、送電線の混雑時には、再エネが優先して送電できるようルールを見直す。送電線の増強には時間も費用もかかる。既存の送電線を最大限活用すれば再エネの導入拡大を加速できる。燃料費のかからない再エネを優先することで電力コスト低減の効果も期待できる。
試金石となる石炭火力対策
日本でも、2020年代半ばには、新設の電源としては太陽光、風力が最も安くなるとの見通しがある。国もそうした水準まで発電コストを低減する目標を掲げる。他方、既設の石炭火力の発電コストは、2050年でも再エネより安い見通しである。そうだとすると、現在日本の電源構成の30%超を占める石炭火力から再エネへの電源の転換はなかなか進まない。2030年度までに非効率石炭火力からの発電量をゼロに近づける、という非効率石炭火力のフェードアウトに向け、容量市場の見直しを含む対策の検討が現在進むが、2050年カーボンニュートラルに向けたエネルギー転換をなし得るかの試金石ともいえる。「安い」と言われる石炭火力だが、そこから排出されるCO2の社会的費用を負担するものになっているか。クリーンな電源への差し替えの促進という観点からも、効果的な炭素の価格付け(カーボンプライシング)となっているかも検討する必要がある。
エネルギー起源CO2の約半分を占める電力以外についても、再エネ熱や持続可能なバイオ燃料の利用拡大などの施策の強化が必要だ。
国内外で加速する自治体や企業の脱炭素社会の実現に向けた取り組み
激甚化する気象災害や気候変動への危機感を背景に、今では国だけでなく、自治体・州、そして企業による脱炭素社会の実現に向けた取り組みが加速する。
パリ協定の長期目標と整合的な目標を掲げる企業を認定する「Science Based Targets」(SBT=科学に基づく目標設定)には2020年12月末時点で、世界で1,106の企業が参加し、564社が認定を受けた。日本企業も81社が認定を受け、25社が策定を約束する。再エネは排出削減に大きな役割を果たす。自社使用の電気を100%再エネにする「RE100」に参加する日本企業も46社に拡大した。
自社事業からの直接の排出量に加えて、サプライチェーン(供給網)やバリューチェーンからの「スコープ3排出量」を削減する動きが世界で広がる。米マイクロソフトは2020年1月、30年までにCO2を自社の排出量以上に削減する「カーボンネガティブ」の実現を目指すと発表した。25年までに自社の消費エネルギーをすべて再エネにするとともに、取引先がスコープ3排出量を含むCO2排出量を削減するよう促す新たな調達プロセスを、21年7月までに開始する。
2020年7月には米アップルが、すべての事業、製品のサプライチェーンとライフサイクルからの排出量を30年までに実質ゼロにする目標を発表した。15年以降、取引先に再エネ100%での製品製造を促し支援する。2020年6月末時点ですでにイビデンなど日本企業8社を含む17ヵ国70社超が誓約する。この誓約は約8GWの追加的な再エネ導入に相当する。
RE100企業だけを見ても再エネ需要は今後さらに高まる見通しだ。こうしたニーズに対応し、北海道石狩市など、企業に再エネを供給できる立地であることを地域の「魅力」として打ち出す自治体も登場する。他方、ブルームバーグNEFによると、再エネ利用、脱炭素化に注力する企業のサプライチェーンを担う企業が、再エネが調達できないことで事業機会を失うリスクは、日本は米国に次いで2番目に高く、その額は730億米ドル(約8兆円)に達する。
コロナ禍からの経済社会の復興の強力なけん引力に
感染症の影響下でも、金融市場がESG(環境、社会、ガバナンス=統治)の観点から企業を評価する動きは一層強まっている。世界的な脱炭素化が加速する中で、再エネ主力化の早期実現は、金融市場から見た日本企業の価値の向上に加え、取引先から見たサプライチェーンの担い手としての日本企業の競争力強化を支援するという点で優れた産業政策でもある。
再エネの主力化とそのためのインフラの増強・整備は、化石燃料の支払いで国富を海外に流出する代わりに、国内に新たな投資を喚起しビジネスと雇用を創出する。コロナ禍でダメージを受けた日本の経済社会の復興にとっても強力なけん引力となるだろう。