拡大鏡~「持続可能」を求めて第14回 人間の活動が「地域」「自然」と共生できる日~言葉だけで終わらせてはならない

2020年12月15日グローバルネット2020年12月号

ジャーナリスト
河野 博子(こうの ひろこ)

「地域との共生」「自然との共生」という言葉を、最近よく見聞きする。気候危機、あるいは生態系・生物多様性の劣化を考える時のキーワードともいえる。ところが現場に足を踏み入れると、「地域との共生」がなおざりにされている、と思うことが多い。

米大統領選に見る環境・エネルギー問題の難しさ

怒涛のような米大統領選をめぐる報道を読んでいて、考えさせられた。

ニューヨーク・タイムズ紙は10月11日付の記事で、激戦ペンシルベニア州における「フラッキング」の扱いが「民主党陣営にとって落とし穴になるかもしれない」と伝えた。

フラッキングとは、地中の岩盤「シェール層」から天然ガスや石油を採掘する際に用いる水圧破砕技術のこと。オバマ政権は、エネルギーの対外依存度、とりわけ中東諸国からの輸入への依存度を下げるため、自前のエネルギー確保に力を入れた。シェールガス・オイルの生産は米国で2012年ころから本格化。しかし、メタンや有害化学物質による地下水や地表水の汚染、さらに地震を誘発するなど環境影響は深刻化した。

民主党内では全米でのフラッキング禁止が必要との声が高まった。天然ガスを「脱炭素戦略」の中でどう位置付けるか、という難題も絡む。天然ガスは石炭、石油に比べて燃焼時の二酸化炭素排出量が少ないが、化石燃料であることには変わりはない。

ペンシルベニア州では、シェールガス産業に携わる人が多い。民主党内中道派のバイデン氏は公有地でのフラッキング禁止を主張したにすぎないが、トランプ大統領は選挙戦の演説のたびに「バイデン氏は全米でのフラッキング禁止をもくろんでいる」と述べ、シェールガス関連産業に就く人びとの不安をあおった。

〈エネルギーの安全保障という国策〉対〈地域の水の汚染や微小地震におびえる人びと〉、〈シェールガス産業で働き、生計を立てる人びと〉対〈化石燃料関連産業を畳む必要に迫られる脱炭素対策〉という対立が先鋭化するなか、どのように現実を変革していけばよいのか。環境・エネルギー問題の解決には、そんな難しさがある。私は水や大気など地域の自然環境と人の健康の保全を第一に考えるべきだと思う。

基本は、地域住民の情報アクセス

「地域との共生」の基本はまず、地域住民の情報へのアクセスを確かにすることだろう。

例えば、街で建設工事があれば、現場の前の標識に工事の発注者が誰で施工業者はどの会社か、どんな工事であるか、が記載されている。これを見て付近住民は、工事が何のためか、そこにどんな建物が建つのか、知ることができる。

この夏、メガソーラーなど太陽光発電と周辺住民のトラブルについて取材した。森や林が伐採されて景観が損なわれる、土砂崩れを誘発する、などの理由により地域住民が反対し、各地で紛争となっていた。いくつかの現場で、私は街の建設現場のような標識がないことを不思議に思った。群馬県のみなかみ町で山の上のゴルフ場跡地のメガソーラーを見に行った時も、標識が見当たらなかった。ここの発電事業者や保守点検責任者について町役場に問い合わせたところ、「町長宛ての公文書の郵送」を求められた。その上で、そうした情報を教えて良いかどうか検討する、という。

地方自治専門誌に原稿を書いた後になって、私は、FIT認定事業者(再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度により認定を受けた事業者)には標識と柵や塀、フェンスの設置が義務付けられていることを知った。資源エネルギー庁は2018年11月、「新FIT制度に基づく標識、柵塀の設置義務に関するお知らせ(注意喚起)」という事業者向けの文書を出している。

私はみなかみ町役場とのやりとりを思い出し、自分の不勉強を恥じた。では、あのメガソーラー発電所には標識があったのに私が見落としたのだろうか。このメガソーラー建設をめぐっては、事業者による説明会が開かれ、事業者側が定期的に事業地を住民に見てもらうなど事業者と住民の関係は悪くない。そのため、周辺住民にとっては、標識の有無は問題ではなかった。改めて、メガソーラー事業を“監視”している住民に確認してもらったところ、広大な敷地の裏手の、ややわかりにくい場所に標識が出ていた。

埼玉県の中央にある比企地域(1市7町1村)では、太陽光発電施設の建設が相次ぐ。「比企の太陽光発電を考える会」の発起人で、中心メンバーの東松山市の獣医、小山正人さん(51歳)は、「発電施設の建設が始まってから住民が『いったいこれは誰が何をやろうとしているのかわからない』と心配することは多い。鳩山町では行政が説明会を開くようにと指導していて、最近は看板や標識の設置もされています。しかし、それ以外の地域ではそこまでに至っていません」と嘆く。そして、10月の大雨により敷地内で地すべりが起きた太陽光発電施設(小川町)の例を挙げた。敷地周囲にフェンスがない。看板はあるものの事業者の連絡先が書いていないなど不完全だ。

「資源エネルギー庁は事業者に注意喚起をしていますが、守っている事業者の方が少ないのではないか。今後、再生可能エネルギー普及のためには仕方がない、と地域との共生がなおざりになってしまうのではないか」。小山さんの心配は尽きない。

地域との共生の中身が問われる

自然環境への影響が心配される開発事業をめぐる国の環境アセスメント制度では、その事業の所管官庁が、許可または認可を出す前に、意見を表明する。

JR東海が建設中のリニア中央新幹線では、国土交通大臣が2014年7月、意見を出した。環境保全に十分な配慮が必要、とした上で、「地元の理解と協力を得ることが不可欠」としている。同年10月、リニア計画(品川・名古屋間)に事業認可が降りた。

ルート上の長野県大鹿村では、リニア対策委員会が2014年1月に発足し、2016年10月着工の直前まで会合を重ねた。村議の河本明代さん(63歳)は、「強引に進められていくプロセスにひとつひとつ丁寧に向き合いたいという思い」で委員を務めた。

JR東海は、説明会で「住民の理解と同意がなければ施行しない」と言明した。では何をもって「同意が得られた」と判断するのか。JR東海自身が総合的に判断する、が答えだった。まだ疑問や反対がくすぶるのに、「理解と同意が得られた」と押し切られてしまうのではないか、との懸念が地元に広がった。村議会はJR東海に対して、「村議会の同意がない限り着工しないでください」という趣旨の項目を含む文書を提出した。

しかし結局、認可から2年後に村議会は、4対3の賛成多数でリニア工事着工に同意した。反対票を投じた河本さんは「反対したい、止めたいという声を広げられなかった」と振り返る。しかし、ルート上の市町村の議会でリニアを受け入れるかどうか議論したところは、ほとんどない。国策事業なんだから、周囲の自治体が推進してきたんだから、と考える人が大半で、声を上げるのが難しい状況があった。

今問われているのは、「地元の理解と協力」の中身だ。住民が十分な情報を手にして議論することができているのだろうか。さまざまな地域社会、市町村議会、自治体で、制度や仕組みの見直しを含め、足元から情報開示や参加を促し、立場の異なる人たちが話し合えるようにして初めて、「地域との共生」は実現する。そうしたプロセスが、世界各地で求められている。

雪の赤石岳を望む長野県大鹿村。リニア中央新幹線の着工前に反対の声が上がった。残土処理などいまだに解決されない課題もある。(11 月3 日、筆者撮影)

本連載は、今回が最終回となります。

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