USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情最終回 コロナ禍における米企業の環境対策
2020年09月15日グローバルネット2020年9月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ
8月、アメリカではコロナウイルスによる感染者数が約550万人、死者数は17万人を超えた。一日の感染者数は減少傾向にあるが、感染拡大は続いている。一方、失業率はいまだ10%を超えているものの、経済活動の再開と政府の景気刺激策により、消費支出は5月に前月比8.5%増、6月に5.6%増と回復の兆しを見せており、サービスを除く小売り・食品売り上げは前年同月を上回っている(商務省統計)。ただし、消費行動は一変した。レストランやジム等のサービス業、百貨店やアパレル等が苦境にあえぐ一方、食品や日用品等の巣ごもり時の必需品、園芸、アウトドア、音楽等の家庭や戸外での趣味・娯楽品を扱う業界、ネット小売り等がコロナ特需に沸いている。
環境配慮型企業も特需
廃棄物削減を理念に掲げ、主要ブランドの食品や日用品を再利用可能な容器で詰め替え販売するオンラインショップのループも、3月以降売り上げが急増しているという。同サイトは、昔ながらの牛乳配達のビジネスモデルを踏襲し、ハーゲンダッツのアイスクリームやパンテーンのヘアケア製品、ジレットのシェーバー等、大手ブランドと提携して各社製品を特別な容器に入れて販売、使用後の容器を集荷・洗浄し、中身を詰め替え再販している。
パンデミック後、容器やカトラリーの再利用・共有によるウイルス感染が懸念され、州や自治体は使い捨てプラスチック製品の使用を禁止する法の施行を棚上げした。企業もマイバッグやカップの持ち込み、セルフサービスのドリンク・サラダバーやビュッフェの使用を見合わせた。カリフォルニアやマサチューセッツ等、一部の州ではモラトリアムの期限が切れ、施行が再開されているが、多くの自治体や企業は現在でもこの方針を続行している。
こうした状況下で同社の売り上げが伸びているのは、コロナ禍でネット購入する人が急増したことと、同社の容器洗浄技術が信頼されていることが要因と見られている。親会社のテラサイクルは過去20年にわたり、自治体が回収できない容器包装を回収しリサイクルする仕組みを作り上げてきたパイオニアである。ループ事業でも、長年の経験に基づき、厳しい安全性基準の下で産業水準の容器洗浄を行っており、これが評価されたものと見られる。これまではテスト販売の段階だったが、これを機に販売網を全米に拡大すると発表しており、来年に向けて大手小売店での店頭販売や日本を含めた海外での開業準備も進めている。
高まるサステナビリティへの関心
しかし、同社が好況の原因はそれだけではないようである。パンデミック後、人びとのサステナビリティに対する関心が高まっているという調査結果が発表されている。ニューヨーク大学の調査によると、コロナ後に消費財市場におけるサステナブルな製品のシェアが増加したという。バイオテクノロジー企業が調査会社とともに2千人に対して聞き取り調査を行ったところ、85%のアメリカ人がサステナビリティの重要性をパンデミック以前と同じか、より強く感じており、解雇や一時解雇された人の43%が、たとえ高価でもサステナブルな製品を購入すると回答したという。
コロナ禍に進展する企業の環境対策
こうした動向を鑑み、企業はコロナ禍でもさまざまな環境対策を発表している。金融機関のシティグループは火力発電用の石炭発電事業への融資を凍結することを発表。グーグルは化石燃料掘削事業向けの人工知能・機械学習ツールの開発を廃止することを発表し、親会社のアルファベットは企業史上最高となる57憶5千万ドルのグリーンボンドを発行した。ライドシェアのリフトは2030年までにシェアする車をすべて電気自動車にすると表明し、ゼネラルミルズやインテルは同年までに再生可能エネルギー(再エネ)100%を宣言、キャンベルスープは同年までに全容器包装を再生・堆肥化可能にすると発表。ダンキンドーナツは、コーヒー容器の素材を発砲スチロールから森林認証済みの紙製に切り替える作業を世界全店で完了したと発表した。
ネットゼロ競争
とりわけ多かったのは、炭素排出のネットゼロ化である。昨年から今年にかけ、多くの企業が競うようにパリ協定目標を前倒しで実現する目標を発表しているが、コロナ禍でもこの動きは持続している。
フォードは2050年まで、P&Gは30年までに自社事業のネットゼロ化目標を発表し、アップルはサプライチェーンや製品ライフサイクル全体を含めて30年までにネットゼロにすると発表した。
コロナにより大きな損失を被った航空会社のジェットブルーでさえ、オフセットにより国内便全線でカーボン・ニュートラル化する目標を予定通り達成したと8月に発表した。同社はオフセットを暫定措置とみなしており、実質的な排出量削減に向け、代替燃料の使用や燃料効率化等にも取り組んでいるという。
企業間の協業
ネットゼロ化に向けた企業間の協業の動きも見られる。マイクロソフトやスターバックス、ナイキ、ユニリーバ等9社は7月、2050年までにネットゼロ社会へ移行するためのイニシアチブ「トランスフォーム・トゥ・ネットゼロ」を立ち上げた。1.5度目標に向け、世界中の企業がネットゼロ化を実現できるよう支援する取り組みである。参加企業の成功事例を公開するとともに、科学と実証データに基づく達成可能な実行計画を開発し、実践に向けて指導するという。事務局を務める非営利団体BSRのクレイマーCEOは「過去10年間、多くの企業がネットゼロ目標を掲げてきたが、目標達成に必要な行動を加速すべき時が来た」と言う。マイクロソフトのブラッド・スミス社長は「気候危機は一社単独で解決できるものではない。ゆえに、先進企業が成功事例や知識を共有し、他社の取り組みを助ける」のだという。同社は、サプライチェーンを含めて30年までにカーボン・ネガティブにすると宣言し、具体的な削減策も発表している。
アマゾンも昨年、非営利団体とともに2040年までにネットゼロ化を約束する取り組み「クライメート・プレッジ(気候誓約)」を開始している。当初他に参画企業はなく具体策も示されていなかったが、今年6月、誓約実現に向けて持続可能な技術やサービスを開発するため、20億ドルのファンドを立ち上げたと発表した。同月、シアトルの室内競技場の命名権を購入してクライメート・プレッジ・アリーナと改名し、本気度をアピールした。その後、電気通信大手のベライゾンが海外2社とともに取り組みへの参画を表明。同時に10億ドルのグリーンボンドの発行と、昨年掲げた35年までのカーボン・ニュートラル化目標が予定通り進んでいる旨を発表した。
政府の支援
企業が結束して政府の支援を求める動きもある。非営利団体のセリーズが5月に開催した企業から政治家への政策提言ネット会議では、マイクロソフトや化学メーカーのダウ、家電量販店のベストバイ等300社以上が参加し、コロナからの復興に際し、50年までのネットゼロ化とそれに向けた雇用創出、回復力のあるインフラへの投資、カーボンプライシング等の長期政策等を考慮するよう上下両議員に要請した。
7月にはマクドナルドやペプシコ、マース、リーバイス等30社以上が上下両議会に公開書簡を送り、協議中の追加コロナ救済策に再エネ支援を含めるよう政策提言を行った。書簡では、コロナ禍でも企業は気候変動対策を止めるわけにはいかないとし、再エネ購入を継続するために政府の支援が必要と記されている。
もはや環境対策は企業にとって不可欠であり、コロナ禍でもそれは変わらないということが各社の姿勢から見て取れる。この国の惨状を見て、人の命と引き換えにできるものなど何もなく、ウイルスも気候変動も同じ脅威なのだということを、人びとが悟り始めたのではないだろうか。
本連載は今回が最終回となります。