NSCニュース No. 126(2020年7月)脱炭素と経済成長の 「欧州グリーンディール」~世界初の「気候中立大陸」へ~
2020年07月15日グローバルネット2020年7月号
NSC勉強会担当幹事
サンメッセ総合研究所(Sinc)所長・首席研究員
川村 雅彦(かわむら まさひこ)
2019年12月、新任のフォン・デア・ライエン委員長が率いる欧州連合(EU)の欧州委員会は、2050年までに欧州が世界初の「気候中立大陸」となることを目指す「欧州グリーンディール」を発表した。欧州を真に持続可能な経済へと変革するための包括的な産業政策でもある。
その基本原則は次の三つである。
- 2050年までに正味ゼロ温室効果ガス(GHG)排出
- 資源浪費と切り離した経済成長
- 誰もどこも置き去りにしない
以下、主な内容と課題を列挙する。
金融と産業の変革
「経済と生産・消費を地球と調和させ、人びとのために機能させることで、GHG排出量の削減に努めつつ、雇用創出とイノベーションを促進する」と、同委員長は強調する。
グリーンディールは経済・社会のあらゆる分野を対象とするが、具体的には金融と産業の変革である。
〔金融変革〕
- 持続可能な欧州投資計画
- 持続可能な金融の新戦略
〔経済変革〕
- エネルギー部門の急速な脱炭素化
- 持続可能な産業へのイノベーション
- 既存建物の大規模改修
- よりクリーンな官民輸送機関の展開
- 持続可能な食糧システムの構築
また、生物多様性とともにサーキュラー・エコノミーやクリーン・テクノロジーにも着目し、EUはこれらの分野でも世界のリーダーを目指す。
中核をなす欧州気候法
欧州グリーンディールの中核となるのは、2020年3月に発表された「新欧州気候法(案)」である。2050年までに「気候中立経済」を実現するために、EU域内のGHG排出量を正味ゼロにする戦略的法制化である。
この法案は、現在の2030年のGHG排出削減目標である、1990年比40%減から50~55%減にするものである。また、加盟国の「国家エネルギー・気候計画」の実効性を高め、目標達成に向けた措置も盛り込まれた。
実現に必要な膨大な資金
欧州グリーンディールの実現に向けては、膨大な費用がかかる。太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる発電所の建設をはじめとした、持続可能なインフラを整備する必要があるからである。そのために、今後10年で、官民合わせて少なくとも1兆ユーロ(120兆円)規模の投資を計画する。
課題は、加盟国ごとに産業構造や電源構成が異なる点である。例えば、ポーランドは電力の8割を石炭火力に頼っており、2050年目標は性急過ぎるとして、目標へのコミットを拒否している。
雇用の円滑な移行
雇用面では「公正な移行」が強調されている。脱炭素経済への変革の過程で、化石燃料など退出を余儀なくされる産業のために、失業者の発生を回避し、新産業への円滑な移行を図るものである。
「誰もどこも置き去りにしない」原則に基づき、「公正な移行メカニズム」を創設し、新たな産業分野における職業訓練や雇用機会へのアクセスを提供し、社会的・経済的に脆弱となる市民を支援する。
議論のある国境炭素税
世界的にも議論を呼んでいるのが「国境炭素税(国境炭素調整措置)」である。これは、EU-ETS(排出枠取引)を背景として、気候変動に関してEU域内の企業と同じ規制を尊重しない外国企業の製品の輸入時に課税するメカニズムである。
つまり、EU域内企業が規制の緩い国に移転し、全体では気候変動対策が進まない「炭素リーケージ」を防ぐためである。しかし、EUに輸出する企業には新たな「関税」が課せられる、ともいえる。
WTO(世界貿易機関)ルール違反の批判もある中で、EUはかなり踏み込んだ政治的判断を行ったことになる。EUはこれを来年には導入する計画である。なお、課税は手段であり、目的は「脱炭素」の実現である。
日本企業にも直接・間接を問わず、少なからず影響が出ると考えられる。それ故、今後の動向に注目したい。