過去から未来へー命をつなぐタネと農第3回 「民営化」される公共のタネ

2020年07月15日グローバルネット2020年7月号

アグロエコロジー研究家

印鑰 智哉(いんやく ともや)

 

新型コロナウイルスのまん延で、隠されていた現在の世界のシステムの欠陥があらわになりつつある。社会の在り方のトータルな変革、パラダイムシフトを求める声が世界から上がる。まさにパンデミックが社会変革の先駆けとなる予感に世界は満ちている。

鉱物資源開発、工業的大規模農業開発が南の森林を破壊し、生物多様性を著しく損ない、宿主を失ったウイルスが人類を襲う。この開発を止めない限り、生物依存連鎖の崩壊により、30年以内に100万種の生物が絶滅する。国連食糧農業機関(FAO)は世界の土壌の90%があと30年でダメージを受け、60年後にはすべて失われると警告している。これまでの生産のありようがもはや維持できない臨界点に達していることをこのパンデミックはあらわにした。

この騒ぎの前から、すでにパダライムシフトの必要性は指摘されてきた。農業分野で言うならば工業的・企業型農業から家族農家によるアグロエコロジーへの転換である。アグロエコロジーは生態系を守り、その力を活用することで生産性を損なうことなく、農業生産を可能にする科学であり、同時にその農業実践であり、それを実現する社会運動でもあるとされる。FAOも2014年から本格的にアグロエコロジーへの転換を世界で推進している。

パラダイムが変わる時、かつての評価や価値さらには政策の枠組みも変えていかなければならない。しかし、多国籍企業による政策誘導の強い日本においては、この変化を求める声を拒否して、工業的・企業型農業をさらに強めようとする動きが圧倒的に優勢のままに見える。このままではこのパンデミック危機(+気候変動、生物の絶滅、土壌の消失)が加速化することになりかねない。果たして日本は変わることはできるのか? 危機回避のための時間はさほど残されていない。

公共から民間企業へ

日本の近代の種苗制度は、国や地方自治体が稲など主な農作物の種苗育成を行い、それを比較的安い価格で農家に卸してきた。北海道のジャガイモ、沖縄県のサトウキビなどその地域の主力の作物もまた公共品種がほとんどを占めている。この制度は地域の農家が伝統的に育ててきた多様な在来種の種苗に基づく農業の発展を止めてしまった負の部分がある。一方、民間企業は花や野菜の分野の多くを握る。

2017年4月に廃止が決定された主要農作物種子法(種子法)以来、公共品種が主となった種苗の在り方を大きく変えようとする動きが活発になった。国や地方自治体が行ってきた公共種苗事業を民間企業へと移行させる動きだ。種子法廃止とほぼ同時に成立した農業競争力強化支援法8条4項では国や地方自治体が持つ種苗の知見を民間企業に提供しなさいとされている。

この動きは種苗事業に限らない。卸売市場、水道、森林、漁業さらには医療、教育、福祉を含む分野で公共事業から民間企業への転換が進められつつある。今年の通常国会では審議入りが見送られた種苗法改正もこの文脈から離すことはできない。

民間品種で何が変わる?

種苗事業が公的機関から民間企業に変わったらどんな変化が生まれるだろうか? 現在、稲は各道府県がその地域に合った品種を育成し、日本全体で約300品種が栽培されている。しかし、地方ごとの小さな市場を相手に異なる品種を育成するのでは民間企業は利益を確保できない。稲を手掛ける民間企業のほとんどは1から数品種しか市場に出していない。1品種を育成するには10年もの日時と高額な費用がかかるからだ。一つの種苗を広域で販売するのが民間企業のモデルとならざるを得ない。多様性は激減する。

そして、農業の在り方にも大きな変化が生まれるだろう。公共の種苗と異なり、民間企業の種苗は特定の農薬や化学肥料の使用がライセンス契約で指定され、使用が義務化されるケースがある。また販売においても企業がすべて仕切るケースもあり、これまで日本で発達してきた産直・提携のように生産者と消費者とが顔の見える関係を基に安心できる農作物を作り、支えるという形態は取れなくなることも想定される。種苗だけでなく、食の在り方も変わっていく可能性がある。

種苗法改正案の中味

今回、国会に提出された種苗法改正案の骨子は一言でいえば、育成者権(種苗品種の知的財産権)の強化に尽きる。新品種を育成した人に育成者権を一定期間(25年、果樹などは30年)与える。その期間で育成者は種苗を販売して、育成にかかった費用を回収できるようにするというものだ。これまでの種苗法でもこの育成者権は認められており、買ってきた登録品種の種苗を許可無く他に売ることは許されない。今回の改定は農家による登録品種の自家増殖を許諾制にするというものだ。これまでは買ってきた種苗を育てて、出荷する他に一部を次の耕作のための種苗として使うことは可能である。でも、この種苗法改正が通ると、育成者の許諾を求めなければならなくなる。許諾が得られない場合は新たな種苗を買い直さなければならない。

そもそもこれらの種苗はもともと歴史的に農家が長年、育ててきた品種を元に改良したものであり、農家が買ってきた登録品種を自家増殖することは農民の特権として長く認められてきたもの(フェアユース)であった。しかし、この自家増殖する権利を農民から奪う動きが今、世界各国で生まれている。仕掛けているのは種子市場を独占する多国籍企業であり、彼らは自由貿易交渉などの場を使って、各国政府に農家の自家増殖を禁止させる法律を作らせる方向へと圧力をかけている。環太平洋経済連携協定TPPが成立したが、この条文の中にもそれは明記され、TPP参加国は農家の自家増殖権を制約する義務を負う。

10年後はどう変わる?

これまでは国が地方自治体に地方交付税を送り、自治体の下でその交付金を元に地域に合った種苗が作られてきた。その予算額は数千万円前後から1億5千万円ほどであり、全体の予算からみたら微々たるものだ。その予算は国からの交付金と種苗の売り上げなどからなるが、交付金がなければ続かない赤字事業である。でも、この事業のおかげで農家は安い優良な種苗で農業を続けることができてきた。農家が続けば地域社会を保つこともできる。わずかな予算で可能なのだから、効果的な公共事業と呼ぶこともできる。

しかし、農業競争力強化支援法第7条は「適正な競争」を求める。つまり、税金を投入されていたら、民間企業は競争できないとして、民間企業が適正な競争ができるようにという名目で予算は削られていくことになるだろう。

インドでは公的種苗事業への予算が削減され、公的種苗機関は開店休業状態に追い込まれたという。安い種苗を公的機関から買えなくなったインドの農家はモンサントが実質独占している民間企業から高価な種子を買うしかなくなり、債務破綻に追い込まれる農家が続出し、30万人以上が自殺に追いやられた。

果たして、10年後、20年後、日本の種苗がどうなっているか考える必要がある。インドの悲劇を繰り返すことはできない。

地域の種苗を守ることは可能か?

国連は小規模家族農業とアグロエコロジーの重視を打ち出し、従来の工業的・企業型農業推進から大きな転換を遂げた。気候変動対策からも地域の気候や土に合った在来種の種苗の価値が見直されている。一方、国連と異なり、日本政府は旧来通りの工業化・企業化路線を続ける。このままでは日本は多国籍企業によるグローバルな品種をいずれ押し付けられるのではないだろうか? 果たして、それらに対抗して、地域の種苗を守ることは可能だろうか? 地方自治体による公共品種、そして伝統的に地域で守られてきた在来作物の種苗を生かすことは可能か? 次号で検討したい。

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