ホットレポート渡るタカ「サシバ」の国際的な保全活動の推進と、国産米の琉球泡盛「寒露の渡り」の誕生
2020年07月15日グローバルネット2020年7月号
日本自然保護協会 生物多様性保全部長
出島 誠一(でじま せいいち)
渡りをする里山のタカ「サシバ」
サシバは、渡りをするタカで、日本では本州・四国・九州で子育てをして、南西諸島以南と台湾やフィリピンで越冬します。サシバの特徴は二つあります。一つは、自然豊かな里山を代表するタカであることです。とくに谷津田や谷戸と呼ばれる、水田と畑や雑木林がまとまった環境を好み、カエル、トカゲ、ヘビ、大型の昆虫、ムカデ、ネズミなど里山が育むさまざまな小動物を獲物として子育てをします。つまり、サシバが子育てをする里山は、生物多様性が豊かな里山であり、サシバは古くから人の暮しと密接な関わりを持って生息しているタカといえます。
もう一つの特徴は、大きな群れになる渡りです。サシバの渡りは、日本だけでなく台湾、タイ、マレーシア、フィリピンなど各国で観察が行われ、渡りの時期にフェスティバルが開催される国もあります。日本ではとくに秋の渡りで大きな群れが観察できます。愛知県伊良湖岬や長野県白樺峠、沖縄県宮古島市などは、とくに多くのサシバが集結する有名な場所です。100羽を超えるタカの群れが上昇気流を捉えて空高く上昇し、南へ向かって一斉に滑翔していく様子は、自然のダイナミズムを感じられる光景です。「タカの渡り全国ネットワーク」のWEBサイトには毎年の観察記録が掲載されていますので、是非一度観察に出掛けてみてください。
しかし、近年、サシバの個体数は減少しており、環境省は2006年に絶滅危惧種Ⅱ類に指定しています。例えば、宮古島市伊良部島で渡りの時期に飛来するサシバの数は、1970年代は5万羽を超えることもありましたが、2000年以降は1万羽を下回る年もあるほど減少しています。サシバ減少の要因の一つは、子育てをする自然豊かな里山の減少です。耕作放棄地の増加、宅地や太陽光パネルなどの開発で里山の消失や、農業が大規模・効率化することによって多様な生物が生息できない農地が増えていることが要因です。また、サシバが渡りの際に集団で飛来する中継地では、現在は違法ですが伝統的に行われている狩猟や、サシバが休息に利用する森林が減少していることも課題となっています。
国際サシバサミットの開催
サシバを保全するためには、繁殖地、中継地、越冬地のそれぞれで保全することが必要です。日本自然保護協会は、アジア猛禽類ネットワーク、日本野鳥の会、日本鳥類保護連盟などとともに実行委員会を運営し、サシバの繁殖地、中継地、越冬地の自治体の主催による「国際サシバサミット」を開催しています。フィリピン、台湾、そして日本各地で、サシバを地域の自然環境のシンボルとして保全する活動が始まっていたことから、それらの自治体が市民レベルで国際的に交流し、地域づくりと一体となった保全活動を進めることが狙いです。
2019年5月には、日本を代表するサシバの繁殖地である栃木県市貝町で第1回を開催しました。地元の方々と、各地でサシバの保全や研究に取り組む方々、総勢300人が集まり盛大に開催されました。サミット宣言では、市貝町、沖縄県宮古島市、台湾、フィリピンから市長などの代表者によって、今後、各地で国際サシバサミットを開催していくことと、自治体同士で国際的な連携をしながらサシバの保全と地域づくりを進めていくことが宣言されました。「国際サシバサミット2019市貝」の配布資料とサミット宣言はWEBサイトで公開しています。
次回は、今年10月17~18日に宮古島市で「国際サシバサミット2020宮古島」の開催を予定していましたが、新型コロナウィルスの終息を待つために2021年10月に延期することが決定しています。
サシバが繋いだ琉球泡盛「寒露の渡り」
国際サシバサミットの一環として、栃木県市貝町の「続谷営農組合」と、宮古島市伊良部島の酒造会社「株式会社宮の華」のご協力により、サシバの保全につながる琉球泡盛「寒露の渡り」が実現しました。
子育てをするサシバの密度が日本一高く、サシバをシンボルとした町づくりを進める市貝町でも、耕作放棄地は増えつつあり、子育てをするサシバは減少しつつあります。続谷営農組合は、耕作放棄された田んぼを再生し、多様な動植物を保全するためにほぼ無農薬でお米づくりをしています。今回、泡盛の原材料を提供していただくことによって、新たに約1,000m2の田んぼが再生されました。その田んぼには、数多くのホタルが舞い、数多くの絶滅危惧種が生息します。毎年、子どもたちを対象とした、ホタルの観察会なども開催され、地域の原風景を後世に伝える重要な場所になっています。
宮古島市伊良部島は、日本で最も多くのサシバが飛来する渡りの中継地です。かつては、多数飛来するサシバを捕獲して食べていましたが、活発な自然保護活動によって、1990年代には無くなっています。近年は、農地の拡大や、宮古島と橋でつながったことによるリゾート開発の活発化により、森林の減少が進みつつあることから、サシバが中継地や越冬地として利用する森林を「サシバの森」として保護する活動や、越冬するサシバの数を数えるモニタリング活動が、地元の学校とともに進んでいます。泡盛の収益の一部はこれらの活動に役立てられます。
宮古諸島では、二十四節気の「寒露」(10月8日)の頃にサシバが大群で飛来することから、その様子は「寒露の渡り」と呼ばれています。2019年秋に収穫したお米で作られた泡盛は、約10ヵ月の熟成期間を経て、2020年10月8日頃に完成します。この泡盛を「寒露の渡り」と名付け、毎年、サシバが渡る頃に発売して、生息地保全に役立てたいと
考えています。
当たり前のようにサシバが子育てをする、数多く飛来する。そのような地域の豊かな自然環境を大切にする思いをサシバがつないで誕生した泡盛です。是非、ご購入いただいて、サシバの繁殖地、中継地、越冬地の保全をご支援いただければ幸いです。