拡大鏡~「持続可能」を求めて第11回 貿易が生態系と人びとの暮らしを脅かさない日~熱帯木材輸入を考える

2020年06月15日グローバルネット2020年6月号

ジャーナリスト

河野 博子(こうの ひろこ)

新型コロナウイルスが世界を揺るがす事態をどう見るか、と聞かれた識者の多くが背景としてこう指摘する。「人間が地球の環境生態系を乱し、森林破壊をもたらした」「グローバリゼーションにより人とモノの行き来が活発化した」。熱帯林の減少が世界的に注目された約30年前を思い出す。「熱帯林破壊を食い止めたい」と日本の草の根市民運動も活発だった。

キャンペーンを阻んだ自由貿易という金科玉条

1990年代に「熱帯材の消費を減らそう」という呼び掛けを展開した環境NGOのひとつ、「サラワク・キャンペーン委員会」のメンバーだった浦本三穂子さんに会った。サラワクはボルネオ島北部にあるマレーシアの州で、熱帯林地域。当時の市民運動関係者を囲む集まりが今年2月にあり、席上、浦本さんは「今でも恨みに思うことがある」と発言した。どういうことなのか詳しく聞いてみた。

サラワク・キャンペーン委員会は、公共工事などでの熱帯材の使用削減を自治体に働き掛ける「自治体キャンペーン」に力を入れた。目をつけたのが、コンクリート型枠用合板。生のコンクリートを流し込む枠を型枠という。ほとんどが木製で、主に熱帯木材が“使い捨て”状態で使われていた。キャンペーンの結果、全国160の自治体が熱帯材使用削減について、何らかの目標を表明したという。

ところが、1997年に入ると、そうした動きが鈍ってきた。他の環境NGOからの情報で、林野庁が各都道府県を対象に、「熱帯木材の使用削減等に関する調査」を行っていることを知った。

入手した調査票には、市町村が熱帯木材の使用を削減する条例や方針を設けたり検討したりしている例があるか、削減方針が自治体発注事業の仕様書に明記されているか、民間会社への働き掛けはあるか、議会の決議などはあるか、といった項目が並ぶ。

浦本さんらが真意をただしたところ、林野庁は、世界貿易機関(WTO)協定の「内外無差別の原則(輸入品も国産品も平等に扱わなければならないという原則)」について説明し、日本は協定の一部をなす「政府調達協定」に署名しており、都道府県や政令指定都市もその原則を重んじなくてはならない、と述べたという。

「確たる証拠はないのですが、この調査の影響で、自治体の動きが鈍ったように感じました」。浦本さんは、そう振り返る。

当時のキャンペーン通信やビラは、刻々と全国の自治体に広がった動きを記している。(サラワク・キャンペーン委員会提供)

思うようには進んでいない熱帯木材の使用削減

今となっては、林野庁が調査を行った理由や目的はわからない。だいたい、自治体が熱帯材をなるべく使わないようにしよう、という方針を掲げるのは、WTOの原則に反するのか。林野庁の福田淳木材貿易対策室長に質問をぶつけてみた。

「スパっとは言い切れません。物品購入や補助金を出したりする時に、輸入品だけが不利となる条件付けをするのはダメです。でも『なるべく努力をしてね』と努力規定を課すのはいいかもしれない。そういう不毛な議論を避けるために、2000年を境に潮流が変わっているんですよ」

潮流が変わった?

「ダメなものを厳しく規制するのではなく、良いものを皆で使っていきましょう、という流れです。悪貨が良貨を駆逐するではなく、良貨が悪貨を駆逐するような流れをつくろうと、この20年やってきました」

2000年というのは、G8九州沖縄サミットが開催された年。日本が違法伐採問題について初めて問題提起した。2017年施行のクリーンウッド法(正式名称は「合法伐採木材等の流通及び利用の促進に関する法律」)もまさにこの流れの中にあり、木材関連事業者に合法材を使うよう努力義務を課している。

しかし、クリーンウッド法について、環境NGO側からの評価は低い。「罰則がなく強制力に欠け、効果が上がるか疑問」というわけだ。

コンクリート型枠用合板の問題に戻ろう。この間、状況は改善されたのだろうか。

国際環境NGOのFoE Japanの三柴淳一さんの答えは「NO」。「一般社団法人日本型枠工事業協会の資料によると、2015年度に使用された型枠用合板総量のうち93%は熱帯材によるものだった」という。とはいえ、この20年でプラスチックや鋼製の代替型枠が増え、木製の型枠自体が減ったのではないのか。そうでもないらしい。「ある大手ゼネコンの年次報告書をみると、代替型枠は型枠全体の3分の1以下で、まだまだ少ない」と三柴さんは分析する。

もちろん、木材加工技術の進歩により、住宅の建材に使われる合板などはスギなどの国産材が多くなるなど、国産材の使用割合は高まっている。

しかし、基礎工事に使われるコンクリート型枠では、熱帯木材がいまだに主流のようだ。

東京五輪の新国立競技場の建設現場でもコンクリート型枠用合板の87%がマレーシアとインドネシアの熱帯材で、出所不明のものも混ざっていた、として環境NGO連名の緊急声明も出された。

コロナ禍の直撃受け、改めて世界貿易を考える

1995年に発効したWTO協定は、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)を包含する形で、GATTのウルグアイラウンド(ラウンドは関税引き下げ交渉)でできた。

第二次大戦前の保護貿易やブロック経済化が大戦の一因になった、との反省から生まれたのがGATTで、自由貿易体制を目指している。

しかし、WTO協定の運用は複雑だ。実際にWTO協定に違反するかどうかは、加盟国の申し立てにより、紛争処理手続きの中で個別ケースごとに審査される。

最初に紹介したエピソードで出てきた「政府調達協定」は、WTO協定の一部だが、マレーシアを含む多くの途上国は入っていない。政府調達協定は事実上、加盟している先進国間で守られるべきものとなっている。従って、林野庁が1997年当時、WTO協定の原則に抵触する可能性を懸念したとすると、まったく必要のない心配をしていたことになる。

この間の自由貿易の促進拡充という潮流の中で、「環境・生態系の保全」は無視されがちだった。WTO協定は前文の基本原則の中で、環境の保護・保全を掲げている。しかし、それを実現する貿易ルールを定めることについての合意はない。日本のみならず、先進国で一時熱を帯びた熱帯林保護のための「熱帯材を使わない」運動が、自由貿易の原則に押された側面があったことは否めない。

一方、WTO協定を実施し、紛争解決の場でもある国際機関・WTOは今、危機的状況にある。紛争解決手続きの最後に判断を下す上級委員会の委員選任をめぐり全加盟国の合意が得られず、昨年12月に機能が停止した。コロナ禍により、6月の閣僚会議は延期され、さまざまな改革をめぐる議論もストップしたままだ。

世界の貿易量は激減している。WTOは世界のほぼ全域で2020年の貿易量が大きく落ち込むと見込む。世界に広がるサプライチェーンを見直す製造業の動きや、農業などでの自給率を上げる必要性が伝えられる。今後、さまざまな物品の自国内生産や、域内での確保に向けた流れが予想される。

改めて自由貿易の重要性に着眼し、育てていこうという機運が下火になることはないと思う。しかし、新型コロナウイルスに脅かされる今こそ、行き過ぎた自由貿易礼賛の潮流を再検討し、地球環境や生態系を守っていける仕組みを考える時ではないか。

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