特集/タネの未来と日本の農業を考える~種子に関する法制度と持続可能な種子の管理とは~種苗法改正の議論を通じた種子に関する法制度の在り方 ~自家採種・増殖をめぐる公共の利益の変化

2020年05月15日グローバルネット2020年5月号

総合地球環境学研究所 研究員
小林 邦彦(こばやし くにひこ)

4月号(353号)の特集「タネの未来と日本の農業を考える~種子法廃止、種苗法改正を受けて~」に続き、種子をめぐる国際条約などの枠組み、英国等での持続可能な農業と関連した動きと、日本国内で農を支え連綿と続いてきた農村女性による「タネ採り」、熊本県五木村で、多様な品種を育て、調理し食べ続けることで品種ごとの特性を守り伝えてきた営みについて、研究者および現地で自ら携わってきた方々に紹介いただきます。

 

種子をめぐる議論の複雑さ

近年、主要作物種子法の廃止や種苗法改正など、種子をめぐる議論が国だけでなく、一般市民やNGO・NPOなど、さまざまなコミュニティで展開されている。しかし、種子をめぐっては、主要作物種子法など食料生産の側面、種苗法などの知的財産権の側面、そして、環境保全といった遺伝資源に関する側面など、三つの側面を有している。さらに、これらの側面は、本特集で焦点が当てられている種苗法といった国内法のみならず、国際法や一般の個人や企業間の行為を規定する契約にまで及ぶことから、複雑さが表れているものだと考えられる。そこで、本稿は、そのような位置付けをひも解き、種苗法改正の議論を通じて見られる公共の利益の変化について、解説することを目的としたい。

UPOV1991年条約と種苗法

種苗法は、新品種の開発を促進するための制度である。今日に至るまで、種苗法は何度も改正されてきているが、現行の種苗法の枠組みは1998年に公布されたものに準じている。その枠組みに影響したのが、植物の新品種の保護に関する国際条約(以下、UPOV条約)である。UPOV条約は国際的な植物品種保護の統一的なルールとして1961年に採択、1968年に発効した。その後、1972年、1978年、1991年に条約改正が行われ、日本は1991年に改正されたUPOV条約(以下、UPOV1991年条約)を締結している。現在、UPOV1991年条約は、日本や米国、欧州連合(EU)など、主要な先進国(ノルウェーは1991年改正の条約を締結していない)に加え、近年ではベトナムや一部のアフリカ諸国といった開発途上国が締結している。

UPOV1991年条約の目的は、植物の新品種を各国が共通の基本原則に従って保護し、それによって優れた品種のさらなる開発や流通を促進することと定めている。この目的を達成するために、基本的な義務として、UPOV条約は、締約国に「育成者権を与え、保護すること」を義務付けた(条約第2条、あくまでも義務を課す対象は締約国であって、農家や種苗会社ではない)。保護する対象の植物の新品種は、各国共通の要件として、(1)新規性(2)区別性(3)均一性(4)安定性を満たすものとしている(第5条1項)。

UPOV1991年条約は新品種を育成した育成者に対して、排他的な権利(育成者権)を付与している。育成者権が付与された植物の新品種は①生産または再生産(繁殖)②増殖のための調整 ③販売の申し出 ④販売その他の販売手段 ⑤輸出 ⑥輸入 ⑦①~⑥に掲げる行為を目的とする貯蔵に当たって、育成者権者の許諾が必要とされる(第14条1項)。

ただし、いくつかの例外が定められている。まずは、義務的例外として、(1)私的にかつ非営利目的で行われる行為(2)試験目的で行われる行為(3)他品種を育成する目的で行われる行為に対して、育成者権は及ばないと定めている。また、義務的例外に加えて、各国の裁量(任意的例外)として、“合理的な範囲内で、育成者の正当な利益を保護することを条件”として、自家採種・増殖をできるようにするため育成者権を制限することができる。つまり、育成者の利益と公共の利益のバランスが確保されれば、制限することを認めていることになる。なお、本特集で話題にされている種苗法改正の論点は、任意的例外に係る内容も含まれている。日本は、これらの義務や共通のルールを担保するために種苗法を改正し、条約の実施に至っている。

生物多様性条約、UPOV条約、ITPGRの関係

ところで、植物の新品種は、選抜や育種(バイオテクノロジーを含む)による作物の遺伝的な改良によって開発されてきた。この改良には遺伝資源(種子)が必要不可欠な材料であり、国内だけでなく、外国における遺伝資源探索が種苗会社や大学・研究機関等によって行われてきた。この遺伝資源の取得を規制する条約が、生物多様性条約や食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)である(概要はを参照)。

本稿でとくに関係するのが、ITPGRである。なぜなら、生物多様性条約がすべての遺伝資源を対象にしているのに対して、ITPGRは食料と農業を目的とした植物遺伝資源を対象にしているからである。遺伝資源の取得に関するルールについて、ITPGRは多国間制度という条約独自のシステムを開発した。締約国の農民、企業、研究所等は、条約で定められた契約(定型の素材移転契約)を利用し、制度に含まれた食料と農業を目的とした35種の食用作物および81種の飼料作物の植物遺伝資源(種子)を取得することができる。多国間制度は、遺伝資源を1ヵ所に集められたプールのような役割を持つ。

ここで、一つの疑問が読者の中に生じているのではないだろうか。例えば、取得した種子を遺伝的に改良し続けて、新たな品種が開発された場合、新品種の開発を目的としたUPOV1991年条約とは、どのような関係になるのだろうか。この点について、UPOV1991年条約は義務的例外として、他品種を育成する目的で行われる行為に対して、育成者権は及ばないと定めている。そのため、条約間の整合性が確保されるものと考えられる。

公共の利益の変化と自家採種・増殖への影響

以上、種子に関連する国際条約に焦点を当ててきたが、種苗法改正の議論に目線を落とす。今通常国会で議論されている種苗法改正の内容には、さまざまな論点が提起されているが、その一つが、自家採種・増殖である。前号の農林水産省食料産業局の藤田裕一種苗室長の説明にもあったように、違法増殖からの海外流出に対応するための措置として、これまで認めていた自家採種・増殖に対する例外を削除することが盛り込まれている(本誌2020年4月号特集「種苗法改正法案について」を参照)。海外流出対策ということが、強調されているが、農水省の下に設置された優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会(第1回)では、長野県果樹試験場の小松委員が次のように指摘している。

「現状、この知的財産権という考え方が発生してきたときに、県で育成した知的財産権、知的財産物は、県民共通の財産というふうに考えると、農業者のみが受益者として自由に奔放に利用するということについては、やはり少し課題があるのではないか。県民共通の財産から何がしかの許諾収入を得て、それを県全体に還元していくという考えも必要ではないかなということです」(下線は筆者によるもので、原文そのまま)。

このように、種苗法の下で登録された地方公共団体の品種の自家採種・増殖をめぐっては、これまで、農家がその便益を享受されてきたものの、農家だけでなく、県民全体でその利益を享受することが必要ではないかと公共の利益の捉え方が変化しているように見受けられる。地方公共団体においては、考え方を変えていく際に、どのように対応していくのか地元の農家と話し合っていくことが期待される。

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