フォーラム随想不安な時代
2020年04月15日グローバルネット2020年4月号
地球・人間環境フォーラム理事長
炭谷 茂(すみたに しげる)
新型コロナウイルスに感染するのではと、日本中が不安になっている。この時期、私は、花粉症に悩まされる。先日電車の中で「くしゅん」とできるだけ小さくしたつもりだけれど、知らない人から露骨に嫌な顔をされた。
新型コロナウイルスによる感染は、本稿執筆時(3月17日)にはどのように拡大するか、誰もわからない。戦後75年間で最大の危機に立っている。
私の本業である病院では、新型コロナウイルスに感染した患者の回復のため、昼夜を分かたず懸命に治療に当たっている。医師や看護師など医療スタッフは、自分の身の危険を顧みず、使命感を持って尽くしている。にもかかわらず、病院の職員や家族は、地域や学校、保育所などで心無い差別を受けている。
日本人は、いつからこのようになったのだろうか。「自分さえ良ければよい。他人のことは構っておれない」と自己中心的な思考が支配する。これでは危機に直面した時、社会は、もろく混乱する。
2月下旬から店舗の棚からトイレットペーパーが、一斉に消えた。ある人物がSNSで「マスクと同様に中国で生産されているトイレットペーパーも品切れになる」と真っ赤なウソを書き込んだのが、発端らしい。姿の見えないウイルスにおびえ、モノ不足に不安を感じていた国民は、敏感に反応した。
私のような年配者は、昭和48年のオイルショック時に発生したトイレットペーパー騒動を思い出す。東京でもトイレットペーパーの買いだめをする人がいたが、「そのうち収まるさ。お互いに助け合えば、何とかなるだろう」と周りの人は、落ち着いていた。
しかし、今回の雰囲気は違う。
インターネットの普及が大きく影響している。デマ情報は、瞬時に拡散し、不安に落とし込む。悪用してひともうけをたくらむ人物まで出現する。
ひとり暮らしの高齢者は、50年前に比べ格段に増えた。日々の行動に不自由な高齢者は、トイレットペーパーを遠方まで買い求められない。障害者や難病患者も同様の状況に置かれている。
自己中心的な社会では他人の助けが当てにできず、自力で対処しなければならない。社会的弱者は、今回のような危機的局面では途方に暮れる。
あるエコノミストは、「東日本大震災では生産設備やインフラが破壊されたので、回復まで長期間要したが、今回は、感染症が制圧さえできれば、経済の回復は早い」と楽観論をテレビ番組で展開していた。
しかし、私は、違った見方をする。このエコノミストの発想は、経済の視野にとどまっている。新型コロナウイルスは、経済基盤だけでなく、日本社会に進行していた社会病理をさらに深め、社会基盤に大きな穴を開けている。新型コロナウイルスの制圧後も後遺症として残り、消費の停滞、生産活動の低迷など長く日本の経済や社会活動に制約を与えていくからだ。
社会病理とは、自己中心主義が支配した社会では孤立しているひとり暮らしの高齢者、難病患者、障害者、母子家庭、非正規雇用労働者などたくさんの人たちが、一層孤立感を含め、社会不安を抱いて生きていかざるを得ないことだ。
このような不安な時代に読まれている本にW・シャイデル著『暴力と不平等の人類史』がある。この本は、有史以来、不平等や格差の是正が実現したのは、戦争、革命、疫病などを経験した後であると述べている。
私は、大きい戦争後に福祉が飛躍的に発展したことを学んでいる。第2次世界大戦後世界の先進国は、福祉国家へと進んだ。シャイデルは、疫病でも該当すると言う。
新型コロナウイルスが制圧された後、そのようなことが起きるのだろうか。今はシャイデルの学説に一筋の希望の光を託したい心境である。