日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第37 回 クルマエビ養殖場にあるレストランが人気―沖縄・宜野座
2020年04月15日グローバルネット2020年4月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
沖縄に着いて2日目の早朝、北部の与那覇岳近くの宿から北端の辺戸岬を訪れた。コバルトブルーの海や、やんばる国立公園内の亜熱帯の植生を見ながらBEGINが歌う『島人ぬ宝』を思い出した。沖縄戦の記憶、米軍基地問題などから意識させられる平和とは、視界に広がる美しい自然のようなものではないか。そう感じながら辺戸岬から1時間ほど車を走らせ、本島北部の宜野座村にある有限会社宜野座養殖場に到着した。建物の入り口はクルマエビ専門のレストラン『球屋』がある。代表取締役社長の川崎格さんに会った。養殖したクルマエビを販売、加工、レストランで提供するという6次産業化ビジネスを展開する経営者として注目されている。
全国一の生産量を誇る
全国の養殖クルマエビ生産量は1,478tで、うち沖縄県が日本一の549tを占めている(2018年)。沖縄の水産物の生産額で3番目に多い。養殖場は生産量が最も多い久米島の5ヵ所のほか、沖縄本島に8ヵ所、宮古島2ヵ所、石垣島2ヵ所、竹富島1ヵ所、与那国島1ヵ所がある。
クルマエビは沖縄には生息しておらず、本州から養殖用に導入した。亜熱帯で気温が高いため、本州のような冬眠はしないでどんどん成長するという。
日本のクルマエビ養殖は1970年代から生産量が拡大したが1990年代にウイルスがまん延して養殖業者に大打撃を与えた。沖縄県でも被害が発生したため、ウイルス病防止と採卵用の天然クルマエビ減少への対策として、久米島にある県海洋深層水研究所が養殖クルマエビからの母エビ養成技術を開発した。ウイルスに感染していない母エビから採卵することでウイルスフリーの種苗生産が可能になった。この成果によって、現在は同島にある沖縄県車海老漁業協同組合の海洋深層水種苗供給センターがウイルスフリーの安全な種苗を県内の養殖業者に供給している。
宜野座養殖場に話を戻すと、川崎さんは、東京水産大学(現:東京海洋大学)の資源養殖学科で学び、沖縄県内の漁協やクルマエビ養殖場で働いた後1989年、同大学の先輩が現在の場所でクルマエビを養殖していたのを引き継いだ。
養殖池は川沿いの敷地約3万m2に7ヵ所ある。周囲の川沿い一帯はマングローブ林で囲まれている。栄養豊富な川の水(汽水)と1.2km離れたサンゴ礁の外洋からきれいな海水をポンプでくみ上げて使っている。
この養殖場ではエビの健康管理に細心の注意を払い、薬品類は一切使用していない。「自然の中でエビがたくましく育つように工夫を重ねています。活力があって健康なエビがおいしいのです。味には自信がありますよ」と川崎さん。餌はイカなどを原料にした高タンパク質の最高級品。勧められるままに小片の餌をかじってみると、ビールのつまみになりそうな味だ。
毎日水深1.3~1.4mの池の中にウエットスーツで潜り、エビを一匹ずつ観察している。1m2に50匹ほどがおり、砂の中に潜っているエビの腸管の具合やえらが汚れていないかなど、細かく調べている。
通常4~5ヵ月、長くて1年で出荷サイズになるクルマエビは、前日設置した、かご網を朝引き揚げて捕獲する。以前は夜間に集魚灯を使っての作業だったが、現在は昼間にできるので作業環境がずいぶん改善されたという。
出荷サイズは中から、大、大物、超大物と分類しており、超大物より大きいのが体長約19cm以上の「ゴジラ」だ。すぐ近くの作業場で選別作業を見学させてもらった。クルマエビは縞が入った陶磁器のような光沢がある。エビは大変おとなしい。暴れず行儀がいい理由を尋ねてみると、10℃の水に入れておいて活動を鈍らせるからだそうだ。
男性2人が一匹ずつ確認し、小さな段ボールの箱にエビ1kgをおがくずと一緒に入れる。出荷するエビは、生きたものが7割で、10月中旬頃~翌年6月上旬まで出荷する。冷凍は3割で業者を通じ通年で全国に発送している。
人気のグルメスポット
養殖場を始めた当時は養殖して出荷するだけだったが、17年前に本社ビルの改装に合わせてレストランを併設することにした。県内にそのような飲食店はなく、市場出荷のように価格変動に影響されず、経営安定化につながるからだという。26席のレストランの窓から目の前のマングローブ林の風景を楽しみながら、最高級のエビを堪能できる。
見込みは的中した。土日は混雑して2時間待ちも。香港やシンガポールなどからの外国人客は空港からレンタカーで駆け付ける。「生きがいい」「サイズが大きい」、さらに「うまい!」とあって週末は車の渋滞ができるほど。
メニューを見せてもらうと、中サイズ6匹を刺し身、天ぷら、塩焼きなど好みに料理してもらえる「とくとくコース」が2,300円(税別)。どうしてこれほど安くしているのか。川崎さんは「生産している強みもありますが、できるだけ多くの客さまに味わっていただき、ファンになってもらいたいのです。そうすればエビも買ってもらえますしね」。
2018年9月、30kmほど離れた名護市にオープンした「くるまえびキッチンTAMAYA」も人気の観光スポットだ。
地域振興のビジネスに
クルマエビ養殖といえば藤永元作博士(1903~1973)を思い出す。1963年、山口県秋穂町(現山口市)に「瀬戸内海水産開発株式会社」を設立、クルマエビの商業養殖を確立した人物として世界的に知られる。
「くるまえび養殖事業 発祥の地」の石碑がある養殖場の経営は現在、車海老日本株式会社(鹿児島県南九州市)に引き継がれている。クルマエビの養殖技術は、現在世界各地で行われているブラックタイガー(ウシエビ)やバナメイエビなどのクルマエビ類の養殖につながっている。
海外から輸入されるエビは年間約22万tで、国内漁獲量の10倍を超える。東南アジアなど海外では大規模な養殖地を作るためのマングローブ林破壊などの環境問題、各種ウイルス病のリスクなどがつきまとう。
筆者は、これまでに秋穂町の養殖場をはじめ、タイのブラックタイガー養殖場や大分県姫島の養殖場なども見てきたが、宜野座養殖場のクルマエビ養殖は周囲の自然に溶け込んでいる印象だった。沖縄には移入種であるクルマエビだが、逃げ出しても定着できる条件がないため、生態系への影響がない。以前沖縄県が調査した調査では養殖場の排水が周辺海域に影響を及ぼしていないこともわかった。
宜野座養殖場が自然との折り合いをつけて、持続可能な養殖業として期待できることを証明しているようだ。「沖縄県のクルマエビの養殖が地域振興をさらに後押しするビジネスとして発展してほしい」という川崎さんの願いを心強いと思った。