食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第17回 リユースできるバナナの葉の食器~岐路に立つインドの農村
2020年04月15日グローバルネット2020年4月号
認定NPO法人 トラ・ゾウ保護基金 理事長
戸川 久美(とがわ くみ)
●インド・ニューデリーの変貌と環境
インドのイメージを聞くと誰もがカオス、多様性、神秘、ITなどとともに、衛生面ではまだ少し不安というのではないだろうか。
私が初めてインドを訪れたのは1998年、アジアのNGOが主催した野生動物保全会議であった。当時は腹痛を起こさないようにと日本からミネラルウォーターをトランクに詰めて持って行ったものだ。それから、ベンガルトラとアジアゾウの保全活動の現場を2~3年に1度ずつ訪れて今日に至っている。2002年に訪れた際には、デリー観光局が運営しているインド各州の特産品を販売している市場のフードコートで、ミネラルウォーターが売られているのに驚いた。しかし、そのペットボトルのふたはすでに空いていて、一緒に行った協働パートナーのNGO代表のインド人が、飲んではダメと言って突っ返したことを覚えている。そのころはまだふたを開けて水道水を詰め替えて売るなどしているところもあった。その年、インドで生まれたイギリス人の家に泊めてもらったとき、フィルターを通して滅菌処理した水道水を沸騰し続けたお湯だから大丈夫だろうとチャイを飲んだら、それから下痢がひどく一晩中寝られなかった経験がある。
トラやゾウのいる地域(マハラシュトラ州、アッサム州)はデリーからは国内線に乗り換え小さな都市からさらに車で4~5時間かけて行くところなので、まだ経済発展の影響をあまり受けていないが、デリーはまったく様変わりしている。地下鉄もでき、町が整備され、リキシャーが消えた。まだ原動機付きリキシャーはあるが、自転車でこぐリキシャーや物乞いも少なくなった。最近は家庭やオフィスにウォーターサーバーや浄水器を取り付けたり、ペットボトルで水を買ったりするのはごく当たり前のこととなっているようだ。
環境への関心も中流階級以上の人は高く、スーパーなどでのプラ袋はすでに廃止、ストローも紙ストローになっているという。ただ、ごみ処理のシステムが整っていないため、街中にごみの山ができているそうだ。
今までは屋台のチャイ屋さんが土のカップでサービスし、飲み終わるとそれをたたき壊していたが、最近は紙コップになっているのに今までの習慣通り、飲み終わった紙コップが道路に投げ捨てられたままになっている。かつてはリヤカーで野菜や果物を売っていたが、高級スーパーが次々とでき、パックされたきれいな野菜や果物、肉類が買えるようになり、その分プラスチック利用が増加しているようだ。先日も、インドから帰国した友人にもらったお土産は、一つずつおしゃれな個包装になったチャイやマサラなどで驚いた。
●北東インドでのゾウと農業
2008年から一昨年までアジアゾウの保全活動をしていた北東インド、アッサム州のカルビアングロン自治区は北東インドではもちろんインド全体で見ても、もっともまとまりのある森林が残された地域の一つである。ただ、ゾウと人間の軋轢が厳しい場所でもあり、田んぼでゾウに踏みつけられて死亡する事故が起きている。この農村は森林をえぐるように発達しているため、10~12月に森林が乾燥して下草が減少し、さらに米の収穫シーズンになると、ゾウは群れで現れ、田んぼを荒らし、米や酒を狙って村人の家を襲うことがある。そこを家人が追い返そうとして逆襲を受け、死傷事故が起きることもある。
カルビアングロンはその全体が丘陵をなし、伝統的に焼き畑農業が行われてきた。森に火をかけ、栄養のある灰に覆われた焼け跡に陸稲をまくもので、数年おきに移動して別の場所で火を放ち、森が回復したころに最初に火をかけた場所に戻ってくる。しかし、森が減少する一方、焼き畑が可能な急峻地(たいていは州が管理している)の占有許可を他の村の人たちが先に取ってしまっていると、移動しても追い返されることになる。そもそも、インドでは法律上、焼き畑は禁止されているが、現実に違法行為として取り締まられることはまれである。一ヵ所にとどまって、繰り返し焼き畑を行えば、当然土地はやせて生産は落ちる一方になる。公衆衛生の向上と社会インフラの整備が整い人口も増加し、インドのほとんどの地域ではもはや持続的に行える農法ではなくなりつつある。
●ゾウも田んぼも守る
もともとはゾウのまとまった生息地間の移動に使うコリドーの中に、この村が定着し焼き畑を行ったため、栄養価の高い米に引かれてゾウが現れ、人とのトラブルになる。米のほか、キャベツなどの野菜などを作付けするがすべて自家消費用である。販売用には立派な生姜を作っていた。地方の有力者の土地ではゴムやバナナのプランテーションが行われている。この村の人たちに食事をごちそうになったが、その時の皿はバナナや周辺に生えている葉っぱであった(写真)。
余談だがゾウは農家が収穫した米を貯蔵しているところを知っていて、真っ先にその場所に向かうという。ゾウはお酒も好きで、飲んでいくという。
私たちはインドのNGOとともに、水田地に電気柵を張っている。モンスーンの多い地域であることと、頭のいいゾウが何度か電気柵に体当たりして柵の支柱を壊し、中に入ってしまったことがあったので、村人たち自身の手でメンテナンスを行えるよう、簡単なつくりにしている。さらに、その電気柵の周りを、とげのあるかんきつ類を植林している。ゾウの皮は厚いので痛みなど感じないように思われるだろうが、ゾウはとても敏感でかんきつ類のとげが体に触れるのをひどく嫌がる。そこで、まずはそのエコバリアでゾウの入り込みを防ぐことを考えた。インドでゾウは保護動物なので害獣として駆除することはできない。そのかんきつ類が実れば、その実を村人が市場で売り現金収入を得ることもできる。
このように、インドのトラやゾウと隣同士で暮らしている農村では、もともと自給自足の生活をし、食器もバナナの葉などを使っては土に返す生活を続けていた。
●農村の進む道
最近のニュースで北東インドと同じくバナナの葉を使っている南インドの会社が、バナナの葉をプラスチックや紙で作られた使い捨て製品の代わりに利用する技術を開発していることを知った。バナナの葉はそのまま放置しておけば3日程度で枯れてしまうので、その会社は科学薬品を一切使わずにバナナの葉を強化処理する技術を開発したそうだ。これは都市でのバナナの葉の利用の仕方である。
農村はバナナの葉が朽ちて分解されるからいいのだ。
もし、今後、農村にさらに大量のプラスチックなどが入り込んできたら、農村は都市のような生き方をするのか。または伝統的な循環型暮らしを求めるのか。今、岐路に立っている気がする。