拡大鏡~「持続可能」を求めて第10回 バブル経済もバブルの崩壊もない日~平成バブルの爪痕から考える

2020年04月15日グローバルネット2020年4月号

ジャーナリスト
河野 博子(こうの ひろこ)

私たちの日々の暮らしと経済が手痛い打撃を受けている。新型コロナウイルス感染症が世界に急拡大し、各国が渡航・入国制限、外出制限、イベントや会合の中止・延期を命じたり要請したりしているからだ。前代未聞の非常事態に内外の株式市場が呼応し、株価も為替も異常な動きを見せる。だが、待てよ。新型ウイルスによるパンデミックが起きる前から、すでにわが国の経済は健康を損ねていたのではないか。

「バブルですよね」とささやかれる日本経済

私がいつも通る駅への道沿いに掲げられた看板広告を見て、驚いた。地下鉄の駅入り口のそばで建設工事が進むマンション。販売価格が広さ約80m2の部屋で1億4,000万円を超える。そこから徒歩1分の私が住むマンションの2倍以上の値段がついている。

1990年前後の数年間を思い出した。当時、マンションか小さな建売を買えないか、と思って新聞の折り込み広告をよく見ていたが、住宅価格はあれよ、あれよという間につり上がり、そんな考えを諦めた。そう、当時は平成バブル期のただ中。都心で深夜、タクシーをつかまえるのは至難の業だった。

2020年2月、NHKニュースウェブは、民間の調査会社「不動産経済研究所」が発表したデータをもとに、2019年に全国で売り出された新築マンションの平均価格が過去最高を更新した、と報じた。首都圏ではこれまで最高だった1990年の平均価格を上回ったという。

さまざまな用事で会う人びとからも、「今はバブルですよね」というささやきを聞くようになった。やっぱり……と思っていたところ、2月8日付読売新聞朝刊に興味深い記事を見つけた。バブルか否か「神様」の指標――と見出しが付いている。米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏による「バフェット指数」を紹介しつつ、世界の債券市場では「バブル」を指摘する声が強まっている、と伝えた。

読売記事によると、バフェット指数自体は、「株式市場の時価総額÷その国の名目GDP(国内総生産)×100」で国ごとに算出でき、「バブル崩壊の前兆を知る上で重要な指標」と言われる。バブル経済について経済学者による明確な定義はないが、土地や株などの価格が実体経済から離れて高騰し、膨れ上がった状態をいうようだ。くだんの読売記事では、筆者である経済部記者の解説に「崩壊してから初めて、経済がバブルだったと認識されることが多い」とある。

平成バブルの爪痕

前回の「拡大鏡」(本誌2020年2月号)で、日本の有機農業の草分け、埼玉県小川町の金子美登さんと弟子たちの話を書いた。そもそも私が金子さんに出会ったのは、平成バブル期に計画された小川町のゴルフ場建設をめぐる取材がきっかけだった。金子さんは、除草剤が水系を汚染すると声を上げ、反対運動を続けていた。

それは、1992~93年、まさに日本のバブル経済の崩壊が始まったころの話。1980年代末に小川町に計画されたゴルフ場は七つもあった。そのうちの一つ、「プリムローズカントリー倶楽部」は、山口敏夫元労相の親族が経営。元労相が背任などの罪に問われ、2006年に実刑が確定した二つの信用組合の不正融資事件の融資先の一つだった。東京地検による事件の捜査が進む中、「プリムローズカントリー倶楽部」は1995年11月、進捗率38.7%の段階で工事を中断した。

ところが数年前から、放置されていた建設地をめぐり、「メガソーラー」「建設残土処分場」などの計画が取り沙汰され、周辺住民の間に波紋を広げている。

3年前、建設地に建設重機が入り、見かけない人が出入りし始めた。そうこうするうち、ここを建設残土処分場とするという事業者が2018年11月から計4回にわたり、住民説明会を開いた。ゴルフ場建設地を買収した会社が別会社を作り、ここが土地を借りて約150万m3の建設残土を受け入れるという。太陽光発電事業との関連はない、との説明だった。

説明会で、事業者側は「塩漬け状態だった土地を、われわれは資金、計画、情熱を持って買った」と胸を張った。一方、住民からは「残土を埋める沢谷は土砂災害警戒区域が多い。強い台風や豪雨に直撃されれば土砂災害が起きる」などと懸念する声が上がった。

建設地の隣に住む会社役員、長倉正弥さん(42)も説明会に出て不安になった。「当初、うわさ話を聞いた時には、いいんじゃないかと思いました。メガソーラーができて自然エネルギーの比率が増えるのは悪くないと思った。しかし、一日200台以上の大型トラックが大量の残土を運び込む、その残土はどこから来るのか出所不明、と聞いて、水や農業への悪影響が心配になりました。有害廃棄物が混じる恐れもある」。建設地に隣接する3地区は、2019年4月に総会を開き、反対決議を挙げている。

ところが2019年11月、「残土処分場」を計画した事業者からの音沙汰がないまま、今度はメガソーラー事業の環境影響評価(環境アセス)調査が始まり、2020年1月にはその説明会が開かれた。事業者はゴルフ場建設地の土地を取得した会社を中心とする合同会社。環境アセス調査計画書には、97万m3の土による盛り土を行うという記載があり、「外から土を運び入れる」と説明された。

「建設残土処分場として利用する計画がメガソーラーに変わったわけではなく、事業者は残土処分と太陽光発電を組み合わせて行うつもりではないか」と考える住民は、事業内容への疑念を深めている。

工事が中断し、放置されてきたゴルフ場建設地。今、新たな開発計画をめぐる波紋が広がる。(小川町で、2020年3 月20 日筆者撮影)

景勝地にも爪痕残る

国立公園区域内の自然景勝地にも平成バブルの爪痕が残る。景観や自然を楽しむ観光客の気分を損ねているのが、各地で散見される廃墟ホテルや廃屋の存在だ。

環境省国立公園課によると、全国の国立公園区域内で宿泊施設を経営する2,140軒のうち、実際に営業していないとみられる施設は4分の1を占め、500ヵ所以上に上る。そうした廃屋が生み出された理由について、 環境省は「平成はじめ(1990年代前半)にかけ、団体客中心から個人客へと観光の流れが変わった。大勢の客の利用を見込み、大広間や大食堂などの施設に設備投資した事業者は銀行から借りた金を返せないまま収入が減り、廃業に追い込まれた」と説明する。

平成バブル真っ盛りの1980年代~1990年代前半、銀行が事業者にどんどんお金を貸して設備投資、施設拡大を促したのは間違いない。廃屋は、バブル崩壊の結末の無残な姿をさらしているともいえる。

環境省は、自治体が関係者とともに再生計画を作り、廃屋の撤去を進める場合、国の補助金を使える制度を作った。とはいえ、事態は簡単には動かない。

インターネットの動画に登場する日光国立公園・鬼怒川渓谷に並ぶ廃墟ホテル。日光市は今年度、うち一施設を選び、道路などに悪影響を及ぼさずに技術的に解体が可能か、費用はどのくらいかかるか、などの検討に乗り出した。「連携協定を結んでいる宇都宮大学の専門家の知恵を借りつつ、方策を探りたい。地元から何とかしてほしいとの要望を継続していただいており、解決しなければならない課題は多い」と鈴木和仁・市総合政策課長は話した。

平成バブルの崩壊からかれこれ四半世紀経つのに、いまだに残る無残な傷跡。ここでさらに、「令和バブル」がはじけたらどうなるのか。巨大隕石が地球に落ちたらどうなる、という心配に似た馬鹿げた杞憂かもしれない。だが、そろそろバブルのない経済社会を志向する時ではないか。

タグ:,