特集/タネの未来と日本の農業を考える~種子法廃止・種苗法改正案を受けて~種苗法改正法案について

2020年04月15日グローバルネット2020年4月号

農林水産省 食料産業局知的財産化種苗室 種苗室長
藤田 裕一(ふじた ゆういち)

 近年日本では、種子法の廃止、種苗法改正、遺伝子組み換え、ゲノム編集など、タネ(遺伝子資源)と農業をめぐる法的な動きが急速に進みつつあります。これらは私たちの食生活と日本の農業の在り方、さらには日本の環境や生物多様性保全にも大きな影響を与える可能性があります。しかし、それらの情報は消費者・市民には届きにくく、消費者側の関心も低い現状があります。
 本特集では、持続可能な農業とタネ、それを取り巻くさまざまな人、組織、国などの取り組み、その現状と課題について、多様な立場から論じていただきます。

 

種苗法とは

種苗法とは何か。知的財産法である。

これまでにない特性を持った新品種を、年月と費用、多くの努力を傾けて育成した者に、一定期間その報いが得られるようにするための制度である。

農業を取り巻くさまざまなニーズが存在する。もっとおいしいもの、食べやすいもの、たくさん採れるもの、作りやすいもの、病気や気候変動に強いもの……。こうした生産者や消費者のニーズに対し、栽培の工夫や新たな技術開発で対応するのと同じように、新しい特性を持った品種を育成することで応えることができる。そのような新品種は多くの人に恵みをもたらす。

植物新品種を育成するには、多大な年月や費用、多くの努力が必要である。このため、その新品種を使いたい人は、一定期間、品種開発者の許諾を得て利用することができるようにして、品種開発にかかったコスト等を回収しやすくするための制度が、種苗法の品種登録制度である。新品種を利用するには、一定の許諾料は求められるだろうが、それは育成者の労苦に対する報いであり、さらなる品種開発に生かされることとなる。

新品種を育成するのは大変であるが、いったん品種として完成されれば容易に増殖することができる。品種登録制度がなく、新品種を育成しても自由に増殖され、その労苦が報われないとすれば、その新品種を世に出すインセンティブは湧かないだろう(許諾などいらない、自由に使ってほしいということであれば、品種登録をしなくとも良い)。そうなれば、新品種の育成が停滞するのみでなく、優れた品種が開発されても門外不出となったり、限られたメンバー間のみでしか共有されなかったりすることもあり得る。

品種登録制度による植物新品種の保護は、新品種を広く使ってもらえるようにするための制度なのである。

優良品種の持続的な利用のために

今回寄稿させていただいた企画は、種子や種苗を取り巻く幅広い関心に応えるものと伺っているが、種苗法はそのすべてをカバーするものではない。むしろ、ごく一部に過ぎない。

種苗法は、最近新たに開発された品種やこれから育成されようとしている品種についての取り扱いを定めるものであり、農業で利用されている品種のほとんどを占める一般品種(在来種やこれまで品種登録されたことのない品種、また過去に品種登録されたが登録期間が切れている品種)について何ら定めるものではない。このため、登録品種を利用されていないほとんどの方には関係のない話と受け止められるかもしれない。

しかし、わが国の農業の強みの一つは、優良な品種にある。例えば、農林水産省は、農産物の海外輸出に力を入れているが、わが国の農産物が海外で高く評価されるのは、その高い品質にあり、その品質の一部は品種自体が持つ特性によるものである。昨今、わが国で開発された優良な品種の海外流出が問題となっているが、これも裏返せば、品種の優秀性が高く評価されているといえる。

新品種は時に農業の姿を一変させることもある。高い生産性により世界の小麦の生産を変えた小麦の「農林10号」はもとより、皮ごと食べられることでブドウの食べ方を変えた「シャインマスカット」や、ねっとりとした食感という新たな焼き芋の分野を開いたサツマイモの「べにはるか」など、新品種が生まれることで豊かな食生活が実現してきている。

種苗法が新品種を保護する期間は25年間(果樹等の木本性の品種は30年間)に限られる。新品種が適切に保護されることで、新品種が持続的に開発されれば、農業者にとって品種の選択の幅が広がるということであり、将来の農業を豊かにすることにつながる。これは豊かな食生活をもたらすことにもなろう。

種苗法改正法案のポイント

今国会に提出されている種苗法改正法案※(※種苗法の一部を改正する法律案についての資料はこちらをご参照ください )は、わが国で開発された優良な品種が海外に流出していることや、新品種の開発が停滞傾向にあることを踏まえたものである。

現在の種苗法では、品種登録されて保護されている登録品種であっても、いったん販売された後に海外に持ち出すことを止めることはできない。例えば、(国研)農研機構が開発した果樹品種の苗は、「許可なく海外に販売・輸出・持ち出しすることは禁じられています」と書かれた証紙を付して流通しているにもかかわらず、種苗法では海外への持ち出しを止めることができないこととなっている。また、農業者が登録品種を栽培して得た収穫物の一部を次期作用の種苗として用いる、いわゆる自家増殖が認められており、自家増殖した種苗を他者に譲渡することは認められていないが、増殖の実態が把握できないため、海外持ち出しを抑止できない。

改正法案では、登録品種について、品種の開発者が栽培地域の制限を出願時に付した場合には、条件に反した海外への持ち出しや、国内の指定地域外での栽培が制限できるようになる。また、登録品種については、いわゆる自家増殖を含めて、農業者による増殖は品種開発者の許諾を得て行うこととしており、増殖を行う者や場所の把握が可能になるため、違法増殖からの海外流出への対応が可能となる。

これらにより優良品種の海外流出を防止するとともに、新品種の開発を促し、農業者に、優良な品種を持続的に利用してもらうために法改正を行うものである。

自家増殖と許諾について

種苗法について、大きく誤解されているのは、いわゆる「自家増殖」についてであろう。

まず、種苗法による保護は、種苗法に基づき登録された新品種(登録品種)にしか及ばない。このため、農業で利用されている品種のほとんどを占める一般品種(在来種やこれまで品種登録されたことのない品種、また過去に品種登録されたが登録期間が切れている品種)の利用が何ら制限されることはない。

自家消費を目的とする家庭菜園や趣味としての利用は、種苗法で制限されることはなく、新品種育成のために登録品種を利用することも種苗法で制限されない。

また、登録品種の利用条件は、法律で決まるものではなく、品種開発者(育成者権者)が定めるものである。許諾を得れば自家増殖することは可能であるし、登録品種であっても自家増殖を制限しない場合には許諾自体が不要である。

自家増殖とは、農業者が収穫した農産物の一部を次期作用の種苗として利用することであり、典型的には稲を収穫した後に、一部のもみを翌年に作付けする種もみとして残しておくようなことだが、農業者の話をよく聞くと、自家増殖ではない場合も多い。例えば、いちごは、購入してきた無病苗から増殖して必要な苗数を確保している場合が多いが、これは自家増殖ではなく、現在の種苗法でも許諾が必要な増殖に他ならない(なお、実際には、そうした増殖はもちろん、その後の自家増殖まで含めて、育成者権者から許諾されている苗を入手して利用している場合が多いようである)。このように、農家において増殖することが一般的な作目であれば、その前提で種苗が販売されている場合が多く、こうした場合、種苗法が改正されても現在と何ら変わるものではない。

終わりに

わが国で開発された優良な品種が海外に流出したことが問題となったが、この背景には農業分野の知的財産の重要性についての認識が十分でなかったことがあるだろう。法制度としての見直しを行う必要はあるが、新品種の価値は、ひとり育成者のみが守るのでなく、ユーザーである農業者や生産者団体といった関係者が協力して守り、価値を高めていくことが重要と考えている。種苗法がその一助となれば幸いである。

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