フォーラム随想悪口の楽しみ

2020年03月16日グローバルネット2020年3月号

日本エッセイスト・クラブ常務理事
森脇 逸男

気に入らない相手への悪口を言う。当人の目の前での面罵、あるいは、いないところでの陰口、どちらもあまり褒められた行動ではないが、発言者にとっては、胸のつかえをすっきりさせる、最適であり最速の解決策なのだろう。

昔、中学生のころだったか。漱石の『坊っちゃん』を読んだとき、坊っちゃんが赤シャツを評した悪口が、記憶に残っている。

「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴」。

さすがは江戸っ子の漱石だ、とてもこんなにすらすらと悪口は出てこない、せいぜいがバカヤロウと言うくらいが関の山だと、感心した覚えがあるが、最近、本屋で『文豪たちの悪口本』(彩図社)という本を見つけ、その思いを新たにした。

 

これは小説ではなく、実際に文豪たちが互いに交わした、あるいは文章にして公にした悪口の数々を博捜再録した本だ。

例えば、永井荷風の菊地寛評(寄稿依頼に訪れた、雑誌「文芸春秋」の記者への言葉)だ。

「(菊池は)品性甚下劣の文士なれば、その編集する雑誌には予が草稾は寄せがたし」

中原中也は太宰治に、

「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」

太宰治は志賀直哉に毒づく。

「どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養は無し、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず(略)何やら巨匠のような構えをつくって来たのだから失笑せざるを得ない」

佐藤春夫から谷崎潤一郎への手紙。

「君という人は、昔も今も、自分自身には寛大な人で他人にはよほど冷酷に出来て居る人だと思える」

谷崎潤一郎から佐藤春夫への手紙。

「僕はこの手紙を、君に恥をかかせるつもりで書いた」

感心ついでに、この悪口本を、私が運営委員をしている「雑学倶楽部」という会に推薦し、皆さんの同意を得て、同倶楽部で2月に開催した「雑学まつり」で、「ユニーク、タイムリーな編集企画で雑学を志す人たちに刺激を与えた著作物」の出版社に贈ることにしている「雑学出版賞」を、彩図社に、ほか2社とともに差し上げた。

 

さて、悪口の数々を読んだせいか、当方としても悪口を言いたくなった。

誰の悪口にするか。これはまあ、いろいろあるが、文豪の方々ならともかく、プライベートな鬱憤を、公共の場で晴らすわけにはいかない。とすればやはり、われわれの生活をコントロールしている方々にどうしても矛先が向く。

ということで、申し訳ないが、この際悪口を言いたいのは、まず何と言っても長期政権を謳歌している今の総理大臣だろう。森友、加計から始まって、このところの桜問題。何とか姿勢を正してもらいたいものだ。

それから、外国の話になるが、まずアメリカの大統領だ。「アメリカ、ファースト」などとしゃべるのは勝手だが、とにかく自分の発言や行動が、世界の今後に大きい影響を与えることに、もっと気を使ってもらいたい。

ことに地球の温暖化は、今後の人類に大きい影響を与える。そうした点に気を使っているとはまったく思えない。こんなあきれた大統領を支持して再選するなら、本当にアメリカ人は馬鹿だと思う。

独裁政治でこれも勝手な政治家は、中国や北朝鮮、ロシア、それに中東諸国、あるいは南米と、枚挙にいとまがない。

ただし、さて、大いに悪口を言おうと思うと、問題はなかなか適切な雑言が出てこないことだ。そういう点、やはり文豪の方々は、語彙も豊富だし、言わんとするところも、すんなりと理解できる。悪口もどうやら思い付きではだめで、それなりの修業が必要ということなのだろう。

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