拡大鏡~「持続可能」を求めて第9回 おいしい、楽しい町々が増える日~草分けの有機農家を再訪して考える
2020年02月17日グローバルネット2020年2月号
ジャーナリスト
河野 博子(こうの ひろこ)
有機農業の草分け、埼玉県小川町の金子美登さん(71)と友子さん夫妻からの年賀状に、目を奪われた。昨年の春先の日照りでじゃがいもが大減収、長梅雨で大豆播きが遅れ、秋の台風19号で河川が決壊して農場が浸水、鶏50羽がやられ、葉物も根こそぎ流された、という。いつにない暗いトーン。心配だ。1月の連休に小川町を訪ねた。
「心の余裕はある」と頑張る新規就農者
私は金子家の研修生に混ざって1ヵ月近くを過ごし、読売新聞夕刊の連載記事を書いたことがある。2010年の夏だった。その時の住み込み研修生は5人。皆、初めての農作業にまごつく私を手取り足取り指導してくれた。その一人、有井佑希さん(39歳)(写真)は、金子家近くの農家を借りて独り立ちしようとしていた。
その後、元気にやっているとは聞いていた。丘の上の古民家に近づくと、やけに騒がしい。金子さんの後継者、宗郎さんの娘3人とその友達が遊びに来ていて、犬3匹、ヤギ、ウサギ、猫がいる庭を駆け回っていた。
今、8ヵ所にある1町3反の畑、4反の田んぼからなる「有井農円」で、米、大豆、麦、野菜、計70種類の作物を育てている。作業者は有井さんと、金子家の研修生後輩の榎本忍さん(30歳)の二人。作物は、道の駅おがわまちと、近くの福祉施設に併設された喫茶店「おにっこハウス」の野菜コーナーに並ぶほか、消費者約20人に宅配便で送っている。
田畑が分散しているためか、台風被害は「少なかったほう」だという。大豆は1反5畝の畑を小さな機械で耕して手作業により種をまき、収穫もハサミを使って行う。「200g250円で直売所で売れる。味噌や豆ごはんを作りたいから欲しい、という人がいるので。1㎏当たりに直すと1,250円。小川町の機械化組合が化学肥料・農薬ゼロで作る大豆は、1㎏500円で豆腐店に全量を買い上げてもらっているけど昨年は収量が激減したようです。小規模の方が災害に対してのリスクが少ないということはあるのかな、と思う」。
有井農円の売上高は月20~40万円。このほか福祉施設で週一回、泊まり勤務のアルバイトをしている。
関西学院大学総合政策学部卒。地域生協の職員を経て、金子さんの著書を読んで研修生に。「このままいったら世界は滅びるということを学び、実際に資源が枯渇していく中、いつも新しい技術に期待するのは間違い。自然や資源の使い方を学び直さなければ」と考える。「勤めていた時に比べ、収入は激減だが出費は少なくて済む。電気、ガス、水道の光熱費は月1万円。心の余裕はあります」。
金子家から巣立った元住み込み研修生は少なくとも150人。孫弟子を含め数十人が小川町をはじめ近隣で就農中だ。有機農家の裾野は広がっている。
存在感増す多彩な農家
金子夫妻は、元気いっぱいだった。二人の住み込み研修生、埼玉県出身の木曽大原さん(24歳)と熊本県出身の桒原 宗之進さん(19歳)が修行中。泊めてもらった翌朝、外に出ると、冴え冴えとした満月の光が、母屋や農場を照らしていた。午前6時、作業の準備や野菜の仕分けを行う調整場で「朝礼」が行われ、一日が始まった。
道の駅おがわまちに野菜を運ぶ木曽さんたちに同行した。建物の玄関を入ってすぐ、正面に、「小川町有機農業生産者コーナー」がドーンと設けられていた。10年前にも、ここに野菜を運んだが、コーナーはもっと隅っこにあった。
「コーナーを正面に移して今年で6年目。有機じゃないとダメ、というお客さんはけっこう多い。ふたかごくらいまとめて買っていく人もいます」と職員。
コーナーには、「OGAWA’N」という文字の下、山、川、田畑のイラストをあしらった認証ロゴマークが垂れ下がる。小川町が2017年度から始めたブランディング。農家が取り組んでいる自分の創意工夫や努力を「宣言」し、それを受けて小川町が「宣言を認定」するというユニークなものだ。
というのも、小川町の田畑は、山や丘に囲まれた起伏のある土地にあり、どこも小さい。同じ関東でも、茨城、栃木県の平野部の田畑などとは、風景が違う。地形上、効率的な作業がしにくいからこそ、それぞれの農家はさまざまな工夫をする。小川町環境農林課の上 博英さん(44歳)は、「野菜や作物の宣伝ではなく、農家を前面に打ち出してみよう、ということになった」。町が作った冊子の表紙には、28人の農家の笑顔が並び、中をめくると、一人ひとりのプロフィールやどんな農業をしているか、そこの野菜はどこで買えるか、が紹介されている。
小川町の有機農家で有機JAS認証を受けている人は少ない。金子さんも、有井さんもJAS認証を取っていない。認証の仕組みが、少量多品目生産を行う農家にはハードルが高い、金がかかりすぎる、手続きが煩雑、などというのが理由のようだ。
町による「認証」は、そうした状況を補う意味もあるのだろうか。一方で、「OGAWA’N認証」は、科学に基づいた客観的な評価も取り入れている。茨城県つくば市にある株式会社「DGCテクノロジー」による土壌微生物多様性・活性値調査を受けて「豊かな土づくり」が裏付けられた場合、4種ある認証の中で「ビオ」という言葉が付く認証を受けられる。現在、農家7軒が「ビオ認証」を受けている。
小川町によると、2017年度の有機農業産出額は1億2,600万円。町全体の農業産出額に占める割合は、11%となっている。
世界的には日本はまだまだ
世界の有機食品の売り上げは、10年前と比べると2倍を超える伸びを示している。世界の有機農業の取り組み面積は、1999~2017年の間に約6.3倍に拡大した。いずれも、国際的な研究機関などの調査結果をもとに農林水産省がまとめたデータによる。その中で、日本のランクが低いことが気になる。
1人当たりの年間有機農産物消費額(2017)では、14ヵ国中下から4番目。耕地面積に対する有機農業取り組み面積と面積割合(2017)では、8ヵ国中最下位。もっとも、有機JAS認証を取っている耕地面積のみを計算し、全体の「0.2%」としている。小川町の多くの農家のように有機JAS認証を取得していない農地を含めると、この数字は「0.5%」に上がる。それでも中国の「0.6%」より下で最下位であることは変わりない。
金子美登さんと二人三脚で有機農業の推進を農家の立場から働き掛けてきた友子さんは、「有機農家が作る野菜がランチで5,000円、ディナーで1万5,000円といった価格帯のレストランで使われて終わるのではなく、誰でも手が届き、食べられるようにしたい。それには、今の供給量は圧倒的に少ない」と話す。
1月15日、日本有機農業研究会、持続可能な農業を創る会などが、農水省から次期食料農業農村基本計画の方向性について説明を受ける会合があった。出席者の一人、有機農業の普及を行う全国愛農会の村上真平会長は「生態系保全や健康という観点がないのが残念。国連は家族農業10年の取り組みや、climate smart agricultureの取り組みを進め、小規模であっても持続可能な生産ができ、災害にも打たれ強い、二酸化炭素などの排出も少ない農業に注目している。成長産業として効率が高い大規模農業経営を重視する日本の政策は、ずれているのではないか」と指摘する。
人類生存の基盤である食料生産の在り方について、もっと考えていきたい。