特集/待ったなしの温暖化対策~脱炭素社会とその方向鼎談:脱炭素社会は可能だろうか?
2020年01月15日グローバルネット2020年1月号
講師は、石油文明の変革を30 年前から訴えてきた内藤正明氏、石油化学会社から気候変動の研究者に転じ、地球温暖化の大実験の速やかな中止を主張する西岡秀三氏、国の環境政策に取り組むも、地球環境問題は文明の病と喝破し、官僚からNPO 法人の創設者になった加藤三郎氏で、いずれも1939 年生まれの80 歳。
「脱炭素社会を一刻も早く実現しないと、人類社会が遠からず破局してしまう」との三人の悲痛な「遺言」とも受け取れる警鐘に耳を傾け、新しい年の一歩を踏み出したい。
脱炭素社会の実現は可能か?
内藤 私はこれまで具体的に数字を集めて計算をたくさんしてきましたが、その結果から言えば、とんでもなく難しいと思っています。でも、まだ100%諦めているわけではありません。
西岡 可能かどうかではなく、やるしかないと思っています。これまで皆が努力してきて、脱炭素社会の実現のためには自然エネルギーしかないという道は定まってきたと思っています。これからは自然資源を持っている国が国力を増していく。自然エネルギーは電気に変えやすいことから、電化せざるを得ないでしょう。余れば電気分解してでも水素を作ればいいのです。そしてエネルギー供給においては、自立分散ネットワーク型でやらなければいけません。地域の人が地元で作ったエネルギーをうまく使い、それを相補うためにネットワークができるという形が基本です。
一方、エネルギーの消費側では、都市でのコンパクト居住やゼロエミッションハウスなどはすでに技術として確立しています。また、電気自動車(EV)というのは、移動だけでなく、いざという時の電源として使われるようにもなる。
一番難しいのは鉄鋼、セメント、製紙などの重工業ですが、ヨーロッパではすでに方向性が決まっており、日本の鉄鋼業界もようやく検討し始めたところです。このようなシステムを骨格として、需要と供給をマッチングするために、産業構造をきちんと整えながら脱炭素社会に移行していく、いわゆる「移行管理」を考えなくてはいけない時代になっています。
私は今、環境省の委託事業で、ブータンに行き、現地の環境に適した効果的な低炭素技術の選定や、将来の気候変動による森林吸収の維持や水力発電の供給力について調査・分析を行っているのですが、ブータンではすでに水力発電が全戸に配電され、最終目標は経済成長ではなく国民一人ひとりの幸せ。国の発展の形として、そういう形も世界的に考えていかなければならないと思います。
加藤 脱炭素社会が困難だと思う理由は二つあります。一つは、私たちが豊かさや利便性の魅力から逃れられないということ。日本は温暖化対策に取り組み始めてすでに30年。1990年に当時の環境庁に地球環境部ができ、地球温暖化防止行動計画もできて以来、いろいろなことをやってきましたが、その間に温室効果ガスの排出が減ったかというと、実はわずかですが増えている。しかし、安倍内閣は経済が最重要と言っており、国民の多くも環境対策の方が必要だということに気付いていません。
もう一つは、いわゆる座礁資産といわれる石炭や石油など化石燃料を所有している人が、その富を使って政治家をロビイングしたり、科学者やジャーナリストの一部を買収したりしていること。国民が怒って立ち上がれば、目指す姿の実現は可能なのですが。
内藤 私はどちらかというと悲観的な立場でばかり話をしているのですが、ESG投資というのが起こり始めていることはささやかな希望です。座礁資産を持っている産業や、それに投資している銀行から資金を引き揚げるダイベストメントの動きは確かにあり、日本でも相当な額が動き始めています。
また、ヨーロッパでは緑の党が復活してきています。しかし日本では経済以外の言葉は与党も野党も、そして有権者でさえも誰も言わない。その有権者をどうやって変えたらいいかと考えると結局教育なんです。先生の教育からやらないといけません。
西岡 歩みは遅いけれど、やはり誰かがやっていかないといけないと思うのです。今、日本の資産とは何かというと、技術、そしてインフラ。果たしてそれがこれからはいい資産といえるのでしょうか。一種の座礁資産かもしれません。
一方、日本は技術大国といって、原子力のような中央集中技術だったのですが、それが今後まったく変わり、分散型になったときに、地域でどんなことができるかということを考えなければいけません。別に最先端の技術でなくていい、その土地に合った適正技術をどのように整理して、今ある財産をどうやって良くしていくかということを考えていかなければいけないでしょう。例えば EVについては、自動車の形を変えればいいという話ではなくて、移動の手段だけでなく、これからは蓄電システムにしなければいけない。このようなことを皆で考えていかなければいけません。
内藤 今の経産省主導の政権で、そのような政策が出てくるとは思えません。私は今後車が存在するような社会はあり得ないと思っています。車は10分走れば家庭の家電製品から排出される二酸化炭素(CO2)の何倍も出すんです。
加藤 今日のこの状況をつくったのはまさに2世紀に及ぶ技術の結果です。技術を拒否するわけではありませんが、もう一度、どうしてこんな世の中になってしまったのか、謙虚に見直さなければならないと思います。
今、政府が提案しているのは「非連続のイノベーション」です。次々と新しい技術を開発して問題を解決するというシナリオですが、技術というものをもう一度見直さなければいけない。私は、特許を取得する際は、その技術が世の中に出たときに環境負荷が一体どうなるか、環境アセスメントを必ず実施するといいと思っています。それによってナイーブな技術信仰、技術過信というものを変えていかなければいけません。
内藤 技術の進歩というのは会社にとっては結局利益になるけれど、従業員の幸せという意味ではどうなのかは疑問です。適正技術という言葉が以前からありますが、それは誰にとって意味があるのか、はっきりさせるべきです。
また、私はこれまでいろいろな機関に頼まれて技術評価をたくさんやってきましたが、莫大な資金がかかるけれど、無駄な技術というのもたくさんありました。
西岡 経済はお金を回すためにあるのですが、どちらかと言うと、小さなサイクルで、確実に回した方がいいと思うんです。今、いろいろな反省が出ています。日本もどこかで間違えたのかもしれない。だから、自然資源が残っていて、発展途上で、だけど国民は皆、一応平和に暮らしているブータンという国が化石エネルギーなしで、今後どんな形で発展できるのか、一つのいい例として見ていこうと、足しげく訪れています。
どう変えていけばいいのか?
内藤 社会、経済、環境、という根本的な要素のうち、経済については、市場に任せたら自由取引で最も効率よく豊かになれるという、いわゆる主流派が日本経済を壊滅的な状況にしていくという説があります。強欲資本主義から脱却し、倫理を重視した経済の仕組みというのは確かにあるでしょう。しかし、今の経済が唯一のルールではないということをもう一度考え直さなければいけません。
そして、社会については、利益のために構成員が全力を尽くさないといけないという組織ばかりではありません。私は大学で教えていますが、学生には企業だけが選択肢ではない、自分たちが自らのために頑張るという組織でもいいのではないかと言っているのですが、皆、きょとんとしています。
環境については、技術は万が一うまいこといったらもうけもんだと思ってやればいい。私はたぶん間に合わないと思いますが、できるところまで進めればいい。
西岡 今の社会から一歩進むとしたら、ある程度競争を利用しなければいけないでしょう。
そして、まともな人がやれば、カーボンプライシングはやはり効果があるので、それをどんどん使って努力すべきです。これからは大きな技術というのはあまり考えない方がいいです。「〇年経ったらできる」と言ってて結局できない「蜃気楼技術」を持ち出して逃げてはいけないと思います。
加藤 環境文明21を立ち上げてから26年。気候変動や生物多様性の危機について声を上げ続けてきましたが、私たちの声はどれくらい国民に届いたのでしょうか。
日本の歴史の中で、日本人のマインドが大きく変化したタイミングは終戦の1945年の8月15日、そしてペリーが日本にやって来た1853年の2回あったと思っています。第2次世界大戦に敗戦して、あっという間に変わることができたのは、戦争の悲劇を見てきたから。そして、電話もFAXも何もない時代に、ペリー来航から15年という短い時間で変われたのは、情報が限られていたからでしょう。今の日本のように情報がたくさん飛び交っていると、かえって真実は伝わりません。
日本人というのはそういう変化がないと変われないのであれば、ここ数年の豪雨や台風によって多くの人が犠牲になり、財産や職業などいろいろなものが失われてやっと「やっぱり変わらなければ仕方ないのか」と思ってくれるのかな、と感じるのです。今のままでは間違いなく破局を迎えてしまうので、それまでにとにかく変わらなければいけない、そのためには悲劇をもうしばらく積み重ねていかないと日本は変われないのかな、と思うのです。
ドイツでは緑の党が第一党になり勢力を拡大しています。それは今年の夏、欧州各地を襲った40℃を超える記録的な熱波により、国民が大きなショックを受けたからでしょう。日本も今年は40℃を超える気温が記録されたにもかかわらず、まだ変われない。悲劇を待たないと変われないというのは非常に残念です。私たち一人ひとりがさらに頑張らなければいけないと思います。
一言ずつ熱きメッセージを
内藤 若い人たちに期待しています。人は何かきっかけがないと変われません。日本は温暖化で大きな被害を受けるようなことを目の当たりにしないと変われないのではないでしょうか。
西岡 確かにそうかもしれませんが、リスク管理の観点から言うと、やはり地道に取り組んでいきたいと思っています。
私は環境問題のターニングポイントは2030年くらいかと見ていましたが、すでに始まってしまったようです。これからの10年が勝負どころです。まずは現世代が変わる時です。
加藤 制約されず自由な発想ができる、環境文明21のようなNPO組織が重要だと改めて認識して、誰にも忖度せず発言できる場を維持できるよう、皆さんに応援していただければうれしいです。
(2019年10月25日、東京都内にて)