《第4回》森林減少とアニマル・ウェルフェアにおける、日本企業のESG評価
世界では、NGOや投資家の共同によるさまざまなイニシアチブにより食品関連企業のESG評価が行われています。
- 「畜産動物のアニマル・ウェルフェアに関するビジネス・ベンチマーク」(BBFAW)
評価対象企業は、スコアに応じて6つの階層に分けられる。最新レポートでは、日本企業は全てスコア11%未満の最下層(「畜産動物のアニマル・ウェルフェアをビジネス上の問題だと認識しているという証拠がほとんど無かった」)に分類。 - 畜産動物に関する投資のリスクとリターン(FAIRR) 「たんぱく質生産者インデックス」
FAIRRが公表している「たんぱく質生産者インデックス」では、各企業のリスクを公開し、啓発。最新版で評価された日本企業は、全て「高リスク」に分類されており、ESGリスクへの対応が遅れていることを示唆。 - ワールド・ベンチマーク・アライアンス(WBA)「食品・農業ベンチマーク」
日本企業33社のうち、森林破壊や森林転換のないサプライチェーンを実現するための目標を設定しているのは14社、動物福祉に関する方針を持っているのは3社、といったように、森林減少とアニマル・ウェルフェアに関する指標において、日本企業は軒並み低評価。
世界では、NGOや投資家の共同によるさまざまなイニシアチブにより食品関連企業のESG評価が行われています(※1)。ここでは、森林減少・劣化や動物福祉に関わる3つをご紹介します。
畜産動物のアニマル・ウェルフェアに関するビジネス・ベンチマーク(Business Benchmark on Farm Animal Welfare ;BBFAW)
英国の2つのNPOが立ち上げたBBFAWは、畜産動物のアニマル・ウェルフェアに関する4分野37項目で食品関連企業150社を評価しています。評価対象の4つの分野は、「コミットメントと方針」「ガバナンスとマネジメント」「イノベーションとリーダーシップ」「パフォーマンスの報告とインパクト」となっています。そのうち、日本企業はイオングループ、マルハニチロ、明治ホールディングス、日本ハム、セブン&アイ・ホールディングスの5社です(※2)。
BBFAWでは評価対象になった企業を、スコアに応じてA~Fの6つの階層に分けています。2021年版の最新のレポートでは、日本企業は全てスコア11%未満の最下層に分類されています。最下層の企業は、「畜産動物のアニマル・ウェルフェアをビジネス上の問題だと認識しているという証拠がほとんど無かった」企業です。
「パフォーマンスの報告とインパクト」の分野では、全ての動物種あるいは個別の動物種に関連する問題(飼育環境、飼育方法、と畜方法、輸送距離など)について、各社の公開情報を基に「各企業が実際にどの程度アニマル・ウェルフェアの向上に貢献しているのか」を評価・公表しています(Impact Ratings)。前述の日本企業5社はいずれも、A~Fのうち、「事業やサプライチェーンにおいて、畜産動物に対するより良いアニマル・ウェルフェア上のインパクトを与えているとする証拠がない」とするF評価(最低評価)でした。
BBFAWと投資家が協力して行う取り組み
BBFAWは、2016年に、「畜産動物福祉についての世界の投資家の宣言(Global Investors Statement on Farm Animal Welfare)」を公表。2022年4月時点で、運用資産額2.5兆ポンドに及ぶ35の機関投資家が署名しています(※3)。
また、BBFAWが2015年に始めた投資家の共同エンゲージメントのためのプラットフォーム 「Global Investor Collaboration on Farm Animal Welfare」では、BBFAWが評価する企業に対して、賛同する投資家が毎年共同でエンゲージメントを実施しています。2022年2月の時点で、運用資産額2.25兆ポンドに及ぶ32の機関投資家が署名しています(※4)。
畜産動物に関する投資のリスクとリターン(Farm Animal Investment Risk and Return ;FAIRR) 「たんぱく質生産者インデックス」
FAIRRは英国を拠点とし、世界中の335の機関投資家(運用資産総額68兆ドル。2022年10月11日時点)が加盟するイニシアチブです。FAIRRが公表している「たんぱく質生産者インデックス」の最新版(2021年版)では、以下の10分野にわたる31項目で、たんぱく質生産に関わるESGリスク及び機会を評価していますー「温室効果ガスの排出」「森林減少と生物多様性の喪失」「水利用・不足」「廃棄物・水質汚染」「抗生物質」「労働条件」「アニマル・ウェルフェア」「食品安全」「ガバナンス」 「持続可能なたんぱく質」(※5)。
評価の対象は、動物性たんぱく質製品に関わる60社(うち、日本企業は日本ハム、プリマハム、マルハニチロ、日本水産の4社)で、企業の意識向上のために各企業のリスク対応のレベルを公開しています。それにより、企業や投資家のリスクを低減し、よりサステナブルな食料システムへの移行を促すことを目指しています。
企業が「高リスク」と評価されるのは、各項目に関して方針や具体的なデータなどの情報開示がなされていない、達成に向けたコミットメントが示されていない、結果を出せていない等の場合です(※6)。最新版で評価された日本企業は、4社とも、「森林減少と生物多様性の喪失」、「アニマル・ウェルフェア」、総合評価のすべてで「高リスク」に分類されており、この分野でのESGリスクへの対応が遅れていることを示唆しています(※7)。
ワールド・ベンチマーク・アライアンス(World Benchmarking Alliance; WBA)「食品・農業ベンチマーク」
国連財団、英保険会社のAviva、オランダのNGO Index Initiative、世界経済フォーラムの諮問機関「ビジネスと持続可能な開発委員会」が2018年に立ち上げたWorld Benchmarking Alliance(WBA)は、世界の主要企業のSDGs達成に向けた貢献度合いを測るベンチマークの開発を進めています。
WBAが2021年9月に発表した「食品・農業ベンチマーク(Food and Agriculture Benchmark)」では、食品・農業のバリューチェーン全体にわたる世界350社(うち日本企業は33社)を、環境、栄養、社会的影響について評価しています。測定分野としては、「ガバナンスと戦略」、「環境」、「栄養」、「社会的包摂」(下記参照)の4つで、45の指標をもとに評価しています(※8)。
WBA「食品・農業ベンチマーク」の4つの測定分野
①ガバナンスと戦略・・・持続可能な開発目標とターゲットを、自社の中核的な戦略、事業モデル、ガバナンスに組み入れているかを評価
②環境・・・食料生産の持続可能性(GHG排出、容器包装のプラスチック利用、生態系の保全、アニマル・ウェルフェアなど)を評価
③栄養・・・食品の安全性、健康な食品の販売の観点で、世界の栄養状況の改善に対する貢献度合いを評価
④社会的包摂(※)・・・人権尊重、労働環境、倫理的な事業活動などの観点で評価
※社会的包摂(Social Inclusion)とは?・・・社会的に脆弱な人々の権利を尊重し、受け入れ、公正な暮らしの実現を目指す概念で、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の「誰一人取り残さない」という理念や2021年の食料システムサミット・アクショントラック④「公平な生計の促進」にも示されています。
森林とアニマル・ウェルフェアに関して低評価となった日本企業
WBA「食品・農業ベンチマーク」で調査対象となった350 社のうち、総合評価で 100点中50点を超えたのはわずか11社でした。また、日本企業33社のうち、50点を超えている企業は一社もなく、24社が25点以下でした。ここでは、森林減少とアニマル・ウェルフェアに関する3つの指標における現状を紹介します。(※9)(※10)。
〈陸域の生態系保全に関する指標〉
森林破壊や森林転換のないサプライチェーンの実現に関して、86社が何らかの森林破壊関連目標を設定し、その進捗状況を報告している一方、関連する目標を設定していない企業は189社に上りました。
日本企業33社に目を向けると、森林破壊や森林転換のないサプライチェーンを実現するための目標を設定しているのは14社、そのうち、目標に関する定量的なデータやターゲットを設定しているのはわずか6社でした(※9)(※10)(※11)。
〈アニマル・ウェルフェアに関する指標〉
アニマル・ウェルフェアに関する基準を確保するとした企業は50%に上る一方、広範なターゲットの設定や達成状況の検証プロセスの公開といった先進的な取り組みを行っているのは18社(約5%)にとどまりました(※9)(※10)。
日本企業33社のうち、アニマル・ウェルフェアに関する方針・宣言・コミットメント等を持っているのは、3社(明治、味の素グループ、三菱商事)しかありませんでした(※11)。
〈抗生物質の使用と成長促進剤に関する指標〉
このベンチマークで、もっとも取り組みが遅れていた分野の一つが、畜産動物に対する抗生物質の使用抑制と成長促進剤の予防的な使用の禁止に関する企業の情報公開です。抗生物質や成長促進剤の使用に関しては、家畜の体内で薬剤耐性菌を発生させるリスクが伴うと指摘されており、EUの「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」では「家畜や水産養殖業への抗生物質の販売額を2030年までに半減させる」との目標が掲げられています。
この指標の評価対象となった231社のうち、約70%が関連する方針の開示という基本的なコミットメントさえ行っていませんでした(※9)(※10)。
日本企業33社のうち、畜産動物に対する抗生物質の使用抑制と成長促進剤の予防的な使用の禁止に関する方針を持っていたのは0社でした(※11)。
(第4回終わり)
(※1)三菱UFJリサーチアンドコンサルティング 令和3年度 ESG投資に係る食品産業等への影響調査委託事業 調査報告書(2022年3月)(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/fund/attach/pdf/esg_zinken_sagyoubukai-15.pdf)
(※2)The Business Benchmark on Farm Animal Welfare Report 2021(https://www.bbfaw.com/media/2126/bbfaw-report-2021_final.pdf)
(※3)The Global Investor Statement on Farm Animal Welfare(https://www.bbfaw.com/investors/investor-statement/)
(※4)Global Investor Collaboration on Farm Animal Welfare(https://www.bbfaw.com/investors/investor-collaboration/)
(※5)Coller FAIRR Protein Producer Index(https://www.fairr.org/index/)
(※6)Coller FAIRR Protein Producer Index, Methodology (https://www.fairr.org/index/methodology/)
(※7)Coller FAIRR Protein Producer Index, Company Ranking(https://www.fairr.org/index/company-ranking/)
(※8)World Benchmarking Alliance, 2021 Food and Agriculture Benchmark Insights Report(March 2022)(https://assets.worldbenchmarkingalliance.org/app/uploads/2022/03/2021-Food-and-Agriculture-Benchmark-Insights-Report.pdf)
(※9)World Benchmarking Alliance, 2021 Food and Agriculture Benchmark September 2021, Five Key Findings (https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/food-agriculture/)
(※10)日本語訳(経済人コー円卓会議日本委員会), WBA 2021 Food and Agriculture Benchmark Key Findings(仮訳)September 2021(https://crt-japan.jp/files2021/2021%20Food%20and%20Agriculture%20Benchmark%20Key%20Findings%20Summary.%20%E4%BB%AE%E8%A8%B3.pdf)
(※11)World Benchmarking Alliance, 2021 Food and Agriculture Benchmark data set https://www.worldbenchmarkingalliance.org/research/food-and-agriculture-benchmark-2021-data-set/)
作成日:2022年11月01日 17時37分
更新日:2022年11月16日 15時17分