《第2回》ヨーロッパで始まる森林リスクコモディティ規制
森林リスクのデューデリジェンスが特に遅れている食肉業界にとっては、急激な変革が求められています。
- 企業の自主努力に頼らない森林減少ゼロのための規制
英国とEUの新規制の背景には、企業の自主的取組では森林減少を防げないという考え。 - EU規制の特徴~合法性+持続可能性
EU規制は、デューデリジェンスの対象を違法なものに限定せず、「森林減少に寄与したもの」にも拡大。 - EU規制の特徴~対象となるコモディティの範囲
現在は、大豆、牛肉と皮革、パーム油、木材製品、カカオとチョコレート、コーヒー。今後、拡大する可能性も。 - EU規制の特徴~一層厳格なデューデリジェンス
「生産地の地理的位置(緯度・経度)の情報収集」、「デューデリジェンスを認証制度で代用してはならない」、「違反した企業への罰金・没収」など。
企業の自主努力では解決できない?森林減少ゼロのための規制
英国では2020年、EUでは2021年に、それぞれ森林減少・劣化に由来する農作物コモディティを規制する法律が誕生しました。どちらも、企業の自主的取組では国際社会の緊急課題である森林減少問題に十分に対処できないという考えに基づいているものです。これらの規制では、木材と同様に、場合によってはそれ以上に厳しく、農作物のサプライチェーンのデューデリジェンス(リスクを特定・評価・緩和するプロセス、以下DD)をより包括的に企業に行わせることを目的としています。
これまでは森林減少ゼロへのコミットメント表明や自主努力でできる範囲のDDを行っていた企業にとっては大きな出来事です。もちろん、イギリスやEUの市場で商品を販売する日本企業も規制対象となります。
気候変動枠組条約のCOP26は森林が一つの焦点に
EUの規制は、2021年11月に開催された気候変動枠組条約の第26回目の締約国会議(COP26)の直後に発表されました。実はCOP26では森林問題が一つの焦点となり、この会議で最初に採択されたのは森林減少を2030年までに阻止する宣言でした。これは、NY宣言にも含まれていた天然林の減少を2020年までに半分にするという目標が達成できなかったことから、新たな目標として今後の指針となります。日本を含む100ヵ国以上の政府がこれに署名しましたが、この新たな目標のもとでは実効性の確保が問題となっていて、EUの規制はその実効性の確保をねらったものです。またCOP26では世界28ヵ国が森林減少リスクのある農作物のサプライチェーン中の森林減少の阻止にコミットもしています。
EU規制の特徴~合法性+持続可能
企業の自主的取組には限界があるという前提で設計されたEU規制(※1)は、すでにある「EU木材法」で企業に課してきたデューデリジェンスの義務よりもさらに高い基準を掲げています。イギリスの規制(※2)では違法な森林リスクコモディティを禁止していますが、EUの規制の特徴は、DD義務の対象を違法なものに限定せず、「森林減少に寄与した」コモディティに広げている点です。つまり、合法性だけでなく持続可能性を求めています。
EU規制の特徴~対象範囲
最も注目を浴びた項目の一つが、どの農作物コモディティが規制の対象となるか、です。多くの議論を重ね、現在のところは大豆、牛肉と皮革、パーム油、木材製品、カカオとチョコレート、コーヒーとなっていますが、これは今後変わっていく可能性があります。ゴムも対象にすべきだという声も多かったようです。
木材についてはこれまでのEU木材規制は廃止され新規制に統合されますが、森林減少ではなく森林劣化に由来しないことが条件となります(木材収穫は植林などの対応により森林の減少とはみなされない、というEUの解釈に基づきます)。対象範囲となる企業は、大企業だけでなく中小企業も入っています。ただし、中小企業に求められるDDは簡素化された内容になっています。
EU規制の特徴~より厳格なデューデリジェンス
企業はコモディティを輸入する前にDDの実績を示した文書を当局に提出することが義務付けられます。DDの実施にあたっては(リスクの)「懸念が残らないこと」を条件としていますが、これは従来EU木材規制で求められてきた「無視できるレベル」までリスクを緩和するという表現の解釈が難しかったというEUの分析結果に基づいています(※3)。DDの評価はシステム重視から実績重視へと変わり、当局に提出された文書は、無記名式でオンラインのシステムに組み込まれ、一般公開されます。
最も厳しい基準の一つとして特筆すべきは、対象コモディティが生産された地理的位置(緯度・経度)の情報を収集するというものがあります。木材規制では原産国・地を把握するだけであったのと対象的です。今後は完全なトレーサビリティが求められることになり、これまで認証製品を調達することでDD対応をしてきた企業は認証製品への依存からの脱却が求められています。認証制度についてはDDを認証で代用してはならないことも明確に書かれており、こうした高い基準のDDを今後どう具体的に実行していくのか?現在はまだ規制法の詳細が検討されている段階ですが、企業や関連組織は様々な可能性を模索中です。
リスク評価については、より明確な基準に従ってできるよう、EUは国別ベンチマーク・システムに従い、国や地域についてリスクのレベルを3段階で指定します。企業はそれに従い、リスクベースでDDを行うことになります。EUが今後指定する森林リスクの低い生産国からの製品や、高リスクでも厳しいチェックを受けると判断される製品に関しては、簡素化されたDDでの対応が可能となっています。
リスク緩和措置については、現地監査やサプライチェーンの改善の他、衛星モニタリングや安定同位体検査などを利用することも推奨されており、技術の発達とともに企業のDDも取締局のアプローチも、よりエビデンスに基づいたものに変わっていくことが予想されます。
新規制では取締も、木材規制法の際に加盟国間で差が出たことなどから厳しい基準が加盟国政府に求められています。罰則については加盟国各国が設置しますが、その中に必ず罰金、没収などの措置を含むよう求められています。中でも、罰金の最低額は違反した企業の年間の売上の4%でなくてはならず、規則に反した取引で生じる環境コストや関連コモディティの価格なども反映するよう、明記されています。
食品業界を巻き込んだより大きな枠組の一部
森林減少・劣化に由来するコモディティを規制する法律は、英国でもEUでもパブリックコメントの数も支持率も前例を見ないほど高くなっていました(EUのパブリックコメント数は約120万件)(※4)。ヨーロッパにおける森林減少・劣化の課題への関心の高さを示すとともに、食のサプライチェーン改革を支援する市場の下地があることを示しています。
EUの新規制はまた、強制労働をサプライチェーンに含む製品の禁止と、人権DD全般を統合した持続可能なコーポレートガバナンス指令の準備と並行して進められています。さらに、もともとこの規制はEUのグリーンディール(※5)の一部でもあり、農業の改革や食品のサプライチェーン改善など、食に関する大きな枠組みとも密接に関連しています。
これまでは食の安全という視点から食品の原産地を確認していた企業にとっては、森林破壊・劣化という観点からの新たな合法性・持続可能性という視点を持つことが求められます。特に、食肉業界は前回の記事でも見た通り森林リスクのデューデリジェンスが遅れている業界であり、気候変動リスク、アニマル・ウェルフェアのリスク、衛生リスクの高まりとともに、急激な変革が求められるようになるかもしれません。
(第2回おわり)
(※1) Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on the making available on the Union market as well as export from the Union of certain commodities and products associated with deforestation and forest degradation and repealing Regulation (EU) No 995/2010, COM(2021) 706 final, at: https://ec.europa.eu/environment/forests/pdf/COM_2021_706_1_EN_Proposal%20for%20Regulation%20on%20Deforestation.pdf
(※2) Environment Bill, at https://bills.parliament.uk/publications/42717/documents/683
(※4) European Commission (2013) The impact of EU consumption on deforestation: Comprehensive analysis of the impact of EU consumption on deforestation, Final Report, at: https://ec.europa.eu/environment/forests/pdf/1.%20Report%20analysis%20of%20impact.pdf
(※5) The European Green Deal COM/2019/640 final, Communication from the Commission, at: https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1588580774040&uri=CELEX:52019DC0640
作成日:2022年10月11日 11時00分
更新日:2022年10月25日 17時54分