長期脱炭素発展戦略検討に向けての提言
脱炭素で持続可能な社会の構築~15の提言~
2016年11月4日
一般財団法人 地球・人間環境フォーラム
「人間と地球のための持続可能な経済研究会」
松下和夫(京都大学、IGES)、一方井誠治(武蔵野大学)、倉阪秀史(千葉大学)
はじめに
パリ協定では、国際社会の共通の目標として、世界の平均気温上昇を工業化以前水準と比較して2℃を十分に下回るものに抑えること、気温の上昇を、工業化以前の水準と比較して1.5℃までに制限するための取組を追求すること並びに今世紀後半に温室効果ガスについて発生源による人為的な排出と吸収源による除去との均衡を達成することが合意されている。そのため、各国には今世紀半ばの脱温室効果ガス排出型発展のための長期戦略を策定し、国連に通報することが求められている。
わが国においても、2050年80%削減やそれ以降の長期大幅削減に向けて、長期ビジョンの検討と、それに基づく長期戦略の策定が始まっている。
本稿は、(一財)地球・人間環境フォーラムのもとで活動してきた「人間と地球のための持続可能な経済研究会」が、わが国の長期脱炭素発展戦略(長期ビジョン)作成に向けて提言をまとめたものである。
基本的考え方
昨年(2015年)12月に採択され本年11月4日に発効予定のパリ協定は、産業革命以来の全球平均気温の上昇を2℃より十分低く、さらには1.5℃に抑えることを目標としている。これには今世紀後半にはネット・ゼロ炭素排出社会への移行を意味し、脱化石燃料文明への経済・社会の抜本的転換(transformation)が必要となる。
脱化石燃料文明の抜本的転換はすでに始まっている。再生可能エネルギーのコストは急速に下がり、その爆発的な普及が続いている。また、2014年、15年は世界の石炭消費が前年比で減少し、石炭時代の終焉の始まりを象徴している。
わが国には、このような世界の趨勢と整合的な長期的環境・エネルギー戦略が欠落している。短期的エネルギーコストの低減と短期的な利益を最優先とするエネルギー基本計画から脱却し、日本の持続可能な発展戦略を根本から見直し、それに基づく気候変動・エネルギー戦略の立案が必要である。また、低炭素社会へ導く根本的政策が欠落し、自主的取り組みを基本とした京都議定書目標達成計画の「失敗」の反省に基づく長期脱炭素発展戦略の構築が求められる。今日、非再生可能資源の消費の増加を伴う経済成長はもはや可能ではないとの基本認識を持ち、エネルギー消費及び温室効果ガスの排出とGDPとの明確な分離(デカップリング)を目指すべきである。
一方、世界的には新たな脱炭素ビジネスモデルが拡大している。モノからサービスへの移行を機軸とし、モノのインターネット(IoT)とエネルギー・製造・輸送・消費との融合による限界費用ゼロ社会と共有経済が広がりを見せている。また、GoogleやIKEAを始め、再生可能エネルギー100%にコミットする世界的企業は100社を超える。
金融の世界でもグリーン・ファイナンス(環境ファイナンス)と呼ばれる新たな動きが顕著である。気候変動対策に資する事業に特化した、グリーン・ボンド(気候債券)、グリーン・インベストメント・バンク(GIB)などの活動が拡大している。そして気候変動のリスクを明示的に認識し、回収不能となる資産(座礁資産)となる化石燃料関連への投資の引き上げ(ダイベストメント)をする機関投資家も拡大している。
脱炭素経済の構築には、炭素に価格を付けること(カーボン・プライシング)が鍵となる。カーボン・プライシングを通じて、CO2などの温室効果ガスの社会的費用を市場で内部化し、衡平かつ効率的に温室効果ガスの排出を抑制することができる。カーボン・プライシングによって新たな投資と需要が喚起され、脱炭素型のイノベーションが促進される。
カーボン・プライシングの具体的手法には、炭素税と排出量取引がある。わが国の現行温暖化対策税(炭素税)は税率が非常に低いため、温室効果ガス抑制にはあまり効果をあげていない。本格的炭素税の導入が必要である。炭素税の税収は、所得税減税ないし社会保険料軽減にあて、税収中立とすることも考えられる。また、低炭素技術への投資支援、さらに今後の国民生活の安定的な基盤を構成する介護・医療などの人的資本、インフラなどの人工資本、農地・森林などの自然資本、など各種資本基盤の維持更新(手入れ)に充当することも必要だ。
パリ協定は脱化石燃料文明への新たな道を開くものである。同時に2015年9月に国連総会で採択された持続可能な発展目標(SDGS)との統合的な推進が望まれる。SDGSは国際社会が目指すべき持続可能な発展の目標を環境、社会、経済面から統合したものである。
私たちは、以上の基本的な考え方に基づき、脱化石燃料文明を見通した持続可能な社会の構築に向け、以下の具体的な政策提言を行い、その統合的な推進を求めるものである。
具体的提案
- 気候変動対策に関する「基本法」の下に長期目標を位置付け、それを実現するための計画として「長期脱炭素発展戦略」を策定する。長期脱炭素発展戦略においては、長期目標に向かっての道筋を描くと同時に、5年程度の期間を基本単位として、順次見直し強化していく。
- その際、日本の各種政策の上位計画としての「持続可能な発展戦略」を再構築し、それに基づき新たな「長期脱炭素発展戦略」を策定する。
- 温室効果ガス会計を導入し、温室効果ガス排出量の記録と公表を義務化する。
- 本格的なカーボン・プライシング(炭素の価格付け)を導入する。特に、温室効果ガス削減に実効性のあるレベルの本格的炭素税を導入する。その際、税収中立の観点から、所得税・法人性の減税、あるいは社会保障改革とその財源確保等と一体的に大型炭素税の導入を検討することも重要である。さらに温室効果ガス外形標準課税と本格的排出量取引制度を導入し、適切な規制とあいまって、これらの政策の組み合わせ(ポリシーミックス)により温室効果ガス削減の実効性を高める。
- 可能な限りのエネルギー需要の削減を図る。このため、高効率機器導入、都市構造の変革等に加え、熱利用効率の改善・廃熱部分の削減を進める。さらに、人工物の設計者に対するライフサイクルに渡るエネルギー需要削減と情報提供を義務化する。また、住宅および建築物の新築・改築に当たっては、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)、ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)を義務付ける。
- エネルギーの脱炭素化に向け、再生可能エネルギー普及を加速するとともに、再生可能エネルギー熱の利用を促進する。
- 石炭火力発電所の国内での増設を中止する。石炭火力発電所は、たとえ最新鋭のものであっても、同等のガス火力発電所の約2倍のCO2を排出する。現在の石炭火力新設計画は2050年80%削減の長期目標と矛盾し、今後国内外でカーボン・プライシングや石炭火力規制強化が進展すると、回収不可能な資産(座礁資産)となる恐れがあり、経済的にも正当化が困難である。また同様に、公的資金による海外の石炭火力支援は中止する。
- 原子力発電・核燃料システムを長期経済的視点から見直し、新増設・リプレイスの中止、原子力発電の輸出の中止、核燃料サイクルシステムの中止を行う。
- 都市インフラの整備などにあたり、脱炭素型インフラへの投資を促進する。投資の決定に当たっては、気候変動によってもたらされる気候リスク(物理的リスク、賠償責任リスク、移行リスク)を適切に考慮し反映する。そのために気候リスク情報の開示を進める。
- 増大する脱炭素インフラ投資需要を賄うためにグリーン・ボンドやグリーン・インベストメント・バンクなど環境金融メカニズムを整備・充実する。技術、社会システム、ライフスタイルなどを包含する社会構造そのものをより脱炭素にするためのイノベーションの後押しするための政策(たとえば脱炭素技術の普及を支援する資金やリスクをカバーする仕組み)を導入する。これは補助金政策から市場システムを活用する政策(補助からルールへ)の一環でもある。
- 脱炭素社会への移行と、経済・社会的課題の同時解決を図る。気候変動対策により新しい需要、雇用とイノベーションを生み出し、気候変動対策への投資を新たな経済発展のエンジンとする。すなわち、環境制約を新たな技術発展やライフスタイルの創造が持続可能な発展の鍵という認識が必要である。
- 単に浪費を助長するような場当たり的な景気対策ではなく、再生可能エネルギーにかかる社会資本整備をはじめ、長期的に維持されるべき良質の社会的共通資本となるよう、各種資本基盤の持続可能性を高めるための投資への転換を図る。
- 環境価値を梃子とした経済の高付加価値化とグリーン新市場の創造を図るため、R水素(再生可能水素:再生可能エネルギーを使って水から取り出す水素などの持続可能な水素、地域循環型エネルギーの中核となる)生産技術や、変動する再生可能エネルギー活用技術(需給調整技術や蓄エネルギー技術)を用いた新しい輸出産業の創出を軸とした世界戦略を展開する。
- 地域主導のエネルギー政策を推進する。具体的には、再生可能エネルギーなど地域の「自然資本」の活用を通じて「地域エネルギー収支の黒字化」を図り、自立分散型の再生可能エネルギーの普及と地域エネルギープロジェクトへの支援を行う。また、地域の「自然資本」を活用する発電設備の管理の地域への移管を促進する。さらに地域の再生可能プロジェクト支援のための地域金融を推進する。これらの施策を進めるため、地域の「自然資本」を活用することを地方自治体の固有の義務と位置付ける新しい法制度を創設する。
- 二酸化炭素の「原料化」に向けた技術開発の支援:回収固定した二酸化炭素を有価物として流通できるよう、人工光合成など二酸化炭素を原料として用いる技術開発を支援する。
以上
作成日:2016年11月04日 15時29分
更新日:2017年02月15日 22時55分