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京都議定書と日本の対応 小林 光(環境庁企画調整局地球環境部環境保全対策課長)
温暖化防止京都会議において先進国における6種類の温室効果ガスの排出量に上限が設けられました。対象となる6種類のガスは CO2(二酸化炭素)、メタン、亜酸化窒素、HFC(ハイドロフルオロカーボン)、PFC(パーフルオロカーボン)、SF6(六ふっ化硫黄)です。具体的な内容としては 2008年から12年までの5年間の排出量について上限値が定まりました。日本の場合は2008年までに90年レベルから6%削減するという小さい数字が課せられているように思えますが、これは実はたいへんな数字なのです。 日本の温室効果ガスの排出割合は、温室効果の度合いを CO2に換算すると、約9割がCO2です(図)。CO2はエネルギーの使用によって必然的に発生し、エネルギーの量は経済活動と密接な関係にありますので、もし技術的に変わらなければ、「CO2を削減する」ということは、今後、経済活動そのものに上限をかけることにもなりかねないたいへん厳しい国際約束なのです。2000年の CO2の排出量は定かではありませんが、現在の排出量を見てみると90年に比べて9%も増えています。温室効果ガス全体の中でCO2の占める割合が一番大きいので、CO2だけでほかと同じように比例的に削減するとなると実際は15%以上の削減が必要になるわけです。1年に1%くらい削らないと2008年には間に合いません。ところが、このままいくと 2010年頃には90年に比べて20%くらいCO2の排出量が増えるのではないかと言われています。となると90年度比6%削減という目標を達成するには、30%近い削減が必要になるわけです。2010年頃に排出されそうなCO2を今から努力して3分の1にすることが求められているのです。この京都議定書は必ず守らなければならないものとして定めている、これがポイントです。どんな約束でもそうですが、守っても守らなくてもよい約束を守る人はいません。最近のさまざまな環境関係の条約は必ず守らなければならないものを定めています。例えばオゾン層保護のためのモントリーオール議定書では、当初の2000年でフロンを半分にするという約束を、フロンはつくらないということが前倒しで定められ、それが強制的な義務として行われました。フロンの場合は人間がつくった化学物質ですからこの対応が可能だったのかもしれません。 CO2の場合は、問題の難しさははるかに高くなっています。しかし、守っていかなければ人類が共倒れになってしまうのです。歴史的に地球を汚してきた先進国が努力をしていき、この地球が末永く私たちに恵みをもたらしてくれるようその模範を示すことになるのではないかと思っています。アメリカでは90年レベルから7%、欧米では8%の削減が義務づけられています。日本を含むこれらの国々の削減率は高い方で、先進国平均では5%強の削減をすることになります。 その厳しい目標を達成させる仕組みもあわせて決められています。細かいことはまだ検討中ですが、目標を課された先進国の間で排出量を取り引きする、例えば日本が6%削減しなければならないところを8%削減した場合、その余剰分の2%は外国に売ってもよいということです。炭素で換算した場合、日本では3億t、世界中では60億tの CO2が排出されていますが、1t削減するのでもある国では安くできます。日本では1tの削減に3万円くらいかかると言われていますが、ロシアではまだ技術改善の余地が大きいので2,000円くらいでできる。ロシアに日本なりアメリカのお金で投資をすれば、同じ金額で効果的な温室効果ガスの削減が行えます。また「共同実施」というのも認められています。これは先進国同士が共同で削減プロジェクトを行い、その削減量を分け合うやり方です。さらに「クリーン開発メカニズム」という仕組みは途上国で削減プロジェクトを行い、その削減量を先進国が買うことのできるというものです。途上国の発展に先進国のお金を使い、そして環境保全的な開発を途上国でもやってもらおうというねらいなのです。 このように目標を達成するためのいくつかの国際的な仕組みが設けられました。それを前提に数字も厳しくなっています。これらの仕組みを活かして必ず目標を達成するようにできますし、「守れない」ではすまされないようになっています。 今、今後の対応策に各国が知恵を絞っているところです。今年 G8のサミットがイギリスでありますが、その環境部門についての準備のための環境大臣会議が開かれ、大木長官も出席しました。そこでも先進各国での京都の議定書に対応するための取り組みを直ちに始めようという申し合わせをしました。日本の場合は内閣総理大臣が本部長になり、各省の大臣をメンバーとした推進本部をCOP3の終了後に設置しました。環境庁長官と通産大臣は副本部長を務めていますが、そこで今後の対策がとりまとめられました。例えば、省エネ等 CO2排出削減の対策、メタン、亜酸化窒素の排出削減の対策、代替フロン等の対策、森林の吸収量を増やすような対策も行っていこうという動きがあります。それからたいへん重要なのはライフスタイルの見直しに向けた国民の自主的取り組みへの促進・支援です。政府の当面の取り組みとしては省エネ法の改正が挙げられます。省エネ法はエネルギー使用の合理化に関する法律です。この法律を抜本的に強化し、エネルギーを大量に使用する工場に関しては中長期的な省エネ計画を提出してもらうことになっています。また自動車や家電製品などのメーカーは、ある一定の技術的基準を守らなければならないことになっています。これは現に市場化されており、市場で買える製品の中で一番エネルギー性能のよいものに合わせるようにするという大胆な発想が取り入れられ、「トップランナー方式」と呼んでいます。この法改正は閣議決定後、国会に提出中なので可決されなければ法律として施行されません。 もうひとつは4月28日に閣議決定され、国会に提出された「地球温暖化対策推進法」があります。省エネも温暖化対策のひとつですが、そのほかにもエネルギーの転換、また亜酸化窒素やメタンの対策も必要です。また代替フロンといわれる HFCやPFCなどの対策も必要になってきたわけですが、こういった温室効果ガス全体の対策を進めていく法律も始めて国会に提出されました。この新しい法律はこれから国会の審議を経たのち、国会で可決され、法制化されればいくつか点で画期的な法律と言えます。ひとつには温暖化対策、温室効果ガスという言葉が初めて明文化された法律になります。この法律ができる前は温室効果ガスを知らなくてあたり前、温室効果ガスは自由に排出できたわけですが、これからはその排出を規制するのが常識になるのです。その法律をふまえて国や都道府県、企業は計画的にこの6種類の温室効果ガスの排出抑制について、計画をつくって公表し、そしてその計画の実施状況も公表することになります。現時点では国と都道府県については義務づけ、市町村や企業に関しては小さいところもあるのですぐに罰則のかからない努力義務というかたちになっています。 もうひとつは国の行うすべての政策において排出抑制が進むような配慮をしなければならないとしている点です。例えば道路やダムをつくるにあたっても排出抑制をするように配慮しなければならない。これをふまえて国の政策の基本方針を閣議決定後、公にすることを言っています。そしてその基本方針もふまえて対策を進めていくなかで環境庁長官が関係省庁に意見を言える規定になっています。いわば政策を温室効果を防ぐという観点から統合していく法律であると言えます。 三番目にこの法律の特色としては、国民の取り組みの支援策として NGOなどに都道府県の地球温暖化防止活動推進センターの任務を果たしてもらう、そしてきちんとした知識や経験のあるボランティアに活動推進員としての資格を与えて、温暖化防止に関する国民への助言を行ってもらうことが考えられました。つまりNGOやボランティアを法的に位置づけて活用していこうという画期的な面を持っています。この法律が今国会にかけられています。しかし、これは日本が6%削減するための厳しい対策を定める法律ではありません。日本が京都議定書を批准するにはまだ何年かかかると思います。それは国際的な排出量の取り引きが検討中でなので、このルールがまとまればその段階で京都議定書の批准を国会にかけ、そのときにはこの法律をさらに強化しなければ目標数値はとても達成できません。今はその基礎工事にすぎません。そういう時代になってきた「たいへんだな」と思う一方で、地球のことがとても身近になってきた幸せな、新しい時代になってきたと言えると思います。(1998年5月11日名古屋にて講演) |
更新日 2003/12/17
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