タージ・マハル

(文化遺産、1983年指定)
Taj Mahal

インドを代表する建築美
  インドを代表するイスラム建築タージ・マハルはその美しさゆえ、人々を魅了して止まない(写真30)。白大理石の巨大な建造物は壁面のアラベスク模様、華麗な浮き彫りや透かし彫りなど、細部まで完璧な芸術作品となっている。
  タージ・マハルはアグラ市のヤムナ川岸に建てられている。ムガル皇帝シャー・ジャハン(1592〜1666年)が妻ムムターズ・マハル(1595〜1631年)の死を悼んで22年の歳月をかけて作らせた墓である。「タージ」は妻の名「ムムターズ」が変化した名である。
 1632年に着工し、1653年に完成した。毎日2万人が建設作業に参加した。ペルシャやアラブから選りすぐりの建築家や職人が集められ、破格の給与が支払われたという。
タージ・マハル
写真30 タージ・マハル正面。華美な装飾を避け、大理石の白さにこだわっている。基壇の四隅にミナレットを配置したことにより、安定感が生まれた。ムガル建築の集大成である。

  タマネギ型丸屋根の上には9.3mの頂華(1)がつけられていて、地上からの高さは74.2mである。基壇の幅は95.4m。四隅に高さ42mのミナレットが建てられている。
注(1)頂華:建物の最上部につけられる飾り。

  建物デザインには頂部が鋭角になっている尖状アーチが多用されている。アーチの内側の壁は内部にくぼんでいる。この深いくぼみに日の光や月の光が射し込むが、時間の経過とともに陰の角度が変化し、白亜の建物に立体感を与える(写真31)。最も大きなアーチの縁取りにコーラン(2) の文句を図案化した文字が黒大理石でされている(写真32、34)。彫り込まれたアラビア文字はつる草のようにアーチを飾っている。
角
写真31 斜めからのタージ・マハル本殿。夕日を浴びている。タージ・マハルの光と陰は一日の間に刻々と変化する。尖状アーチの内側は深く窪んでおり、陰を際だたせる。


正門

写真32 タージ・マハル正門。中央の尖状アーチの
周囲には蔓草のようにコーランの文字が刻まれている。

  赤や青の石をはめ込む象嵌等の装飾は大理石の白を生かすため、少な目に施されている。
注(2)コーラン:114章からなるイスラム教の根本聖典。天地創造や天国や地獄など神学的な内容にとどまらず、礼拝や断食、タブーのような儀礼的規範、結婚、相続、刑罰など法的規範も含む。コーランは神の言葉なので、それを翻訳することは無意味であるという考えからイスラムの礼拝では必ずアラビア語でコーランが詠まれる。

  基壇の上に立てられた建物本体や丸屋根などは、デリーにある世界遺産「フマユーンの墓」の建築がモデルになっているが、タージ・マハルはより洗練されている。基檀の高さ、丸屋根の大きさ、ミナレットの太さや高さなどは見る人が最も安心感を抱くようなバランスで配置されているという。タージ・マハルはムガル建築の集大成である。
  毎年雨期には洪水を各地でひきおこすヤムナ川だが、タージ・マハルは一度も浸水したことがない。耐久性や安全性も十分考慮されている。
  白大理石は現在のインド西部ラージャスタン州ジャイプールから、水晶は中国から、青色の象嵌に使用されるラピスラズリの石はスリランカから、赤瑪瑙(アカメノウ)はバグダッドから、シマメノウはペルシャからと建材の石も世界各地から集められた。そして土台部分に大量に使用された赤砂岩はファテープール・シクリ方面から運ばれた。
  タージ・マハル工事に関する資料はほとんど残されていない。例えば費用は「国を傾けるほど」莫大だったと表現され、少なくとも国家歳入10年分は必要だったと推測されているが、正確な金額は明らかでない。シャー・ジャハン帝はそれまで蓄積されたムガル帝国の富をタージ・マハル建設のため食いつぶしたと言う人もいる。一方、確かに多額の費用がタージ・マハル建設に投じられたが、直接的な国の衰退にはつながらなかったとする意見もある。「巨額な投資」だったタージ・マハルは今日ではインドの重要な外貨収入源の一つである観光を支える柱となっている。
  皇帝の夢、建築家の夢は現代の我々にも伝わってくる。
  タージ・マハルの内部の中心にはムムターズの大理石製の棺が置かれている。その隣に寄り添うように、少し小さなシャー・ジャハンの棺が置かれている。フマユーンの墓と違い、ムガル王家の親類の棺が置かれることはなかった。

白大理石の劣化
  1980年代前半から、タージ・マハルの命であるともいえる白大理石の劣化が目立つようになった。この遺跡を管理するインド考古調査局(ASI)によると、これは自然現象と人為的な環境変化による原因が考えられるという。
  この地方は一日の気温差が激しい。温度変化により、大理石は収縮・膨張を繰り返し、長年のうちに亀裂、剥落、ひび割れが発生する。また、雨による湿気がコケを付着させたり、石の隙間に付着した種子の発芽を促し、石を劣化させ、割ってしまう危険性がある。周辺の森林減少が気温差の拡大に拍車をかけているとも指摘されている。
  工業地帯からの大気汚染も石の劣化につながる。アグラの隣町マトゥラーの工業地帯から排出される窒素酸化物など有害物質が白大理石の劣化を進めていると指摘されている。インド政府は1995年に、これらの工場の一時閉鎖命令を出した。生活の糧を失いかねないという危機に立たされた工場労働者たちは激しく反発したが、いまだに操業が再開されていない工場もある。
  タージ・マハルを守るための効果的対策は考え出されていない。政府は文化遺産保護と経済発展・雇用促進の板挟みになっている。大気汚染は工場だけが引き起こしているのではなく、増え続ける自動車の排気ガスも問題であると指摘する専門家もいる。

毎日の修復と清掃作業
  タージ・マハルを守るため毎日延べ100人以上が、清掃、修復活動に従事している。修復は1632年の建築当時と同じ方法で、手作業で行われている。丈夫な糸を竹に張った「糸のこぎり」を使い、摩擦で切れないように水をかけながら石を切る。そしてゆっくりと丁寧にのみとつちで石を彫刻する姿は悠久のインドを象徴するかのようだ(写真33)。

参考文献:
渡辺建夫『タージ・マハル物語』朝日新聞社、1988年。
Begley, W.E.; Desai, Z.A., Taj Mahal: The Illumined Tomb, The University of Washington Press, 1989.
Grewal, Bikram; Dubey, Manjulika ( ed.), Delhi, Jaipur, Agra, Apa Publications, Singapore, 1994.
Lall, John; Dube, D.N., Taj Mahal & The Glory of Mughal Agra, Lustre Press, New Delhi, 1991.

修復作業 コーラン
写真33 タージ・マハルでの修復作業。できるだけ建設当時の姿を保つため、伝統的な方法で修復される。 写真34 タージ・マハル正面の大理石に象嵌されたコーランの文字。図案化されている。

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