「持続可能な原材料調達 連続セミナー」より
2006年7月25日
鉱業活動を持続可能な方向に向けていくための、業界あるいは市民社会の取り組みについて紹介します。
■「破壊的な金」にノー
アメリカでは、二つのNGO、アースワークスとOxfamアメリカが「No Dirty Gold」というキャンペーンを行い、宝飾関連業界を動かすことに成功しました。彼らは米国内の貴金属や宝石などの関連企業に対して、責任ある金のための原則である「Golden
Rules」(下囲み)にコミットすることを求め、クリスマスやバレンタインデーなどの季節に消費者に訴えるキャンペーンを行ったのです。
このキャンペーンに応え、ティファニー、ヘルツバーグダイヤモンド、カルティエなどの関連企業が、これらの原則を遵守することを表明しました。右写真は、ニューヨークタイムズに掲載された「No Dirty Gold」の広告で、「有害な金の鉱山はロマンチックどころの話ではない」という文字と、Golden Rulesにコミットした8社の名称、およびロレックスやウォルマートなど「取り組みが遅れている」企業を名指ししたものでした。
責任ある金のための原則「Golden Rules」(抜粋)
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鉱業活動においては、鉱山開発の探査からサイトの準備の段階において、生態系の消失・分断、水質汚染、道路開発に伴う影響等が生じ、場所によっては大規模な住民移転を伴うこともあります。操業中には、水質影響のほか、採掘される余分な岩石や尾鉱の廃棄に伴う影響、浸出水の影響が大きく、大量の水の使用により地表水・地下水などの水質に影響を与えることもあります。また、大きな利権が絡み、汚職や富の不公平な分配による社会の不安定化が進むことがあります。
世界資源研究所(WRI)は、「鉱業および危機的な生態系」という調査を行っていますが、その報告書によれば、現在操業中の鉱山の10%および探査中の鉱山の20%が「高い保護価値を有する地域」に位置しています。さらに鉱山の多くは、教育水準、貧困水準、人びとの意思決定の参加の度合いなどから導かれる「社会的に脆弱な国」と重複しており、鉱業で得られた富が地元の人ではなく、一部の支配層を富ませて不平等を加速することに使われてしまうという傾向を示唆しています。
(出典:WRI(2003), "Mining and Critical Ecosystems: Mapping the Risks")
このような国際社会からの懸念に、鉱業の業界も無為無策でいたわけではありません。業界のビジネスリーダーたちの支援により開始された「MMSD(鉱山・金属・持続可能な開発)」事業では、2年間にわたる研究と協議プロセスの結果『Breaking New Ground』と題する画期的なレポートを取りまとめました。これを受け、鉱業・金属関連企業は、持続可能な鉱業を追求するためのICMM(国際金属・鉱業評議会)を発足させ、持続可能な鉱業・金属のための「10の基本原則」を打ち出しました。
この原則は、「意思決定過程への持続可能性の組み込み」「生物多様性保全及び土地利用への統合アプローチ」「効果的、透明性のある関わりとコミュニケーション、独立した証明を伴う報告制度」などを含むものです。ICMMのメンバー企業は、これらの原則をすべて遵守するとともに、CSR報告書などで報告・情報開示を行わなければなりません。さらにICMM原則の遵守を第三者がチェックするための手法についての議論が進められています。
一方で、ICMM原則には、以下のような課題もあります。
また、2005年5月に発足した「責任ある宝飾のための協議会」は、とくにダイヤモンド、金の宝飾関連企業の川上(鉱山)から川下(小売)までが参加していることが特徴であり、消費者に対してダイヤモンドや金などの宝石類が倫理的な責任ある手法で生産されたものであることを保証し、信頼性を高めることを目的としています。
WWFオーストラリアなどは、鉱山サイト認証の実施可能性を検証するため、2002年8月から「鉱業活動認証評価事業」を行っています。「鉱山サイトの第三者認証スキームは可能」ということですので、ひょっとしたら将来的には、「持続可能な金属」のロゴマークつきの宝飾品などが出回るかもしれません。
一方、最近ノルウェーの年金基金は、「倫理ガイドライン」に基づき、フリーポート社のインドネシアのパプアにおける操業(グラスバーグ鉱山)から投資を引き上げる決定を下しています。報道によれば、「1日23万tのテーリング(尾鉱)の水系への投棄などが、広範囲にわたる重大な環境ダメージを生み、投資の継続により、ノルウェーの年金基金は“重大な環境ダメージに貢献するという受け入れ難いリスク”にさらされることになる」(傍点は筆者)とノルウェーの財務相が発言したそうです。
鉱物資源開発には金融機関や株主が大きな役割を担うため、投融資の際の環境社会面のチェックは重要です。なお、日本では国際協力銀行の国際金融等業務が多くの鉱山開発に融資を行っています。
以上、責任ある鉱業を目指したさまざまな取り組みを紹介しましたが、巨大な企業、複雑なサプライチェーン、民主度、汚職との深い関係、情報のギャップ等々から、口で言うほどたやすいことではありません。しかし、先住民族が土地を奪われるなどの、弱い立場の人びとへの被害はとりわけ防がれなければなりません。市民社会が声を上げ、メディアがそれを取り上げることにより、それまではお題目でしかなかった「事前同意」や「環境影響評価」が意味を持つようになるのです。生産現場への関心により、問題解決の努力が進むことは確かです。私たちももっと関心を持ち、声を上げ、国の資源戦略に環境社会配慮を統合し、公的資金の投融資先に監視の目を強めていくように求めなければなりません。また、「指輪」などの宝飾品をターゲットにしたマーケットキャンペーンを日本でも展開できないものかと思います。
(2006年7月25日東京都内にて)