東南アジアの森林減少の要因と進む対策
(樫尾昌秀/FAOアジア・太平洋地域森林資源官)
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●各国の森林消失の状況
東南アジア全体の熱帯林焼失面積は、合計324万haとなっている。これはアジア・太平洋地域全体の消失面積の83%に相当し、東南アジアこそ熱帯林問題の中心であることが理解される。それでは各国別の事情はどのようになっているのだろうか。表をみてまず気づくのは、インドネシアの森林消失面積が年間121万haと群をぬいておおきいことである。しかし森林面積そのものが1億955万haと大きいので、消失率は1.0%となっている。ジャワ島のような人口過密地域は別としても、国全体ではまだ60.5%と高い林野率を維持している。
表 アジア・太平洋諸国の熱帯林面積(天然林) 森林面積1990年 林野率1990年 1980〜90年の年平均森林減少 % 面積千ha 率% 国名 バングラデシュ 769 5.9 38 -3.9 ブータン 2,809 59.8 16 -0.6 インド 51,729 17.4 339 -0.6 ネパール 5,023 36.7 54 -1 パキスタン 1,855 2.4 77 -3.4 スリランカ 1,746 27 27 -1.4 カンボジア 12,163 68.9 131 -1 ラオス 13,173 57.1 129 -0.9 ミャンマー 28,856 43.9 401 -1.3 タイ 12,735 24.9 515 -3.3 ベトナム 8,312 25.5 137 -1.5 ブルネイ 458 86.9 2 -0.4 インドネシア 109,549 60.5 1212 -1 マレーシア 17,583 53.5 396 -2 フィリピン 7,831 26.3 316 -3.3 シンガポール 4 6.6 0 0 パプアニューギニア 36,000 79.5 113 -0.3 合計 310,597 34.8 3,904 -1.2 カンボジアとラオスも林野率の高い国であるが、もともと森林の資源量が少なく、農業人口の全人口に対する比率が70%と高いこと、今後の社会経済発展が見込まれることなどから、熱帯林地の他の用途への転換は今後さらに進むものと思われる。
ミャンマーの年間約40haの森林消失は焼き畑耕作によることが主な要因で、同じく約40万haの消失ペースをもつマレーシアでは、政府主導型のゴム・油ヤシといった農業プランテーション造成によるところが主である。
年率3.3%という猛スピードで森林を失っているタイとフィリピンは、過去20〜30年間に林野率を急激に下げ、いまでは25〜26%の森林を残すのみである。零細土地なし農民による山林地の畑地化が、利益追求第一の過剰森林伐採とあいまって、林地を裸地化しているのである。
●森林の消失の要因
1)農業開発政策
熱帯林を消失に導く要因にはいろいろなものが考えられる。しかし、私が熱帯林の仕事を通じて痛感するのは、東南アジア各国の農業開発政策そのものが熱帯林の消失をひきおこす最大の要因ではないかということである。
熱帯での農業が伝統的な自給自足の段階にとどまっているうちは、熱帯林破壊も無視できる程度で、大きな問題にはなり得なかった。ところが、東南アジアの多くの地域が、欧米諸国の植民地であった前の世紀から今世紀前半にかけて、植民地の支配者たちが持ち込んだプランテーション栽培方式が、熱帯林を駆逐する先鞭をきったのである。砂糖やコーヒー、ゴム、コショウのような世界市場向けの熱帯農産品の大規模な農園開発が、熱帯林におきかわって進められたからだ。
この換金作物の栽培は大きな経済的利益をもたらしたので、その後も第二次世界大戦後に独立した東南アジア諸国の農業政策にもうけつがれた。
伐採した原生林の樹木は輸出で外貨を獲得できたし、砂糖生産のようにしぼり汁を煮詰めるのに大量に必要となった燃料も、森林からまかなえばよかった。フィリピンのネグロス島の熱帯林はこうして完全に姿を消したし、半島部のマレーシアの低地熱帯林はゴムと油ヤシのプランテーションに変えられてしまった。
水利条件のよい大河川の中、下流域では、大規模な水田開発が行われて、増大する人口を養い、ふえた人口はまた農地開発を推進した。
このような農業開発政策の結果、現在の東南アジアからは、原始の姿のままの低地熱帯林はほとんど失われてしまった。2)山地熱帯林における焼き畑耕作
東南アジアの山岳地帯には、多くの少数民族が伝統的な焼き畑移動耕作を営んで暮らしている。生活の場と糧を与えてくれる森林の恵みをもっともよく理解する彼らは、この山地の熱帯林を痛めすぎないように、注意深く焼き畑を行ってきた。
しかしいま、低地社会の貨幣経済が浸透するにしたがって、野菜や果物などの換金農作物の栽培に取り組み、それが森林の長期的農地化をひきおこしつつあるのである。
公衆衛生や医療サービス、栄養面の改善、向上によって生じた人口増加の圧力は、焼き畑面積の拡大と循環期間の短縮をもたらし、10〜15年の期間をおいて火入れをしてきた伝統的焼き畑耕作が、極端な場合は3年にまで短縮されている。これでは森林植生の回復は望めないし、土壌の肥沃度は低下の一途をたどるしかない。ラオス北部の焼き畑社会で現在進行中の現象がこの一例である。3)山地熱帯林への低地農民の移動
山地熱帯林にはまた別の方向からの圧力が加速度的に加えられている。人口過剰となった低地農耕社会からの人びとの、山地への移動現象である。十分な広さの農地をもてない零細な農民たちが、生計の糧を求めて山へ入り、森林に火を放って畑地を拡大しているのである。
山岳民族と異なり、森林の生態的機能に無知なばかりか、森林をうやまうという伝統的な価値観にも欠ける彼らの土地利用は、破壊的、収奪的である。このような森林地への侵入は、東南アジアのどこの国でも違法行為なのだが、林野当局の取り締まりだけではこの大きな潮流をとめきれるものではない。4)大規模国家プロジェクト
農業の次に熱帯林に大きな打撃を与えてきたのは、各種の国家基盤整備事業であろう。 水力発電用をはじめ農業用水、工業用水のためのダム建設は、多くの低地林や山岳林を犠牲にしてきた。道路建設や工業用地開発、住宅地開発、あるいは港湾整備事業も直接、間接に森林をつぶしてきた。とくに道路の開設は、農民の森林へのとりつぎを容易にしたことで、農地化の促進と表裏一体の関係にある。
また、鉱工業開発も森林破壊の一因となっている。マレーシアやタイにおけるスズの採掘事業は、マングローブ林や河川沿いの森林を根こそぎにして押し進められた。
農業開発政策とも密接にからむのであるが、国家プロジェクトとしてインドネシア政府が強力に押し進める「住民移住計画」は、同国における森林破壊の一大要因である。5)戦争と内戦
戦争や内戦もまた、熱帯林破壊の元凶である。
ベトナム戦争当時のアメリカ軍によるナパーム弾攻撃や枯れ葉剤散布が、熱帯林を枯死させた例は広く知られている。
カンボジア内戦で、戦費をかせぐためにタイの木材伐採業者に支配地域の森林を売ったクメール・ルージュの例では、買った業者が樹木を残らず皆伐したという。
ミャンマーでは中央の軍事政権に反旗を翻して戦っているカレン族の支配地域の山林を、軍事政権側がタイの伐採業者に伐採許可をだして丸裸にさせた事件も記憶に新しい。
1970年代の終わりから80年代のはじめにかけて、タイの中北部山岳地帯で繰り広げられた共産ゲリラとタイ政府軍の戦闘では、森林が大規模に焼き払われた。ミャンマーでの例と同じくゲリラ側に隠れ場所を与えず、武器弾薬の供給経路を絶つための戦略的措置であったと私はみなしている。
6)森林管理技術と制度の欠陥
間接的な熱帯林破壊と消失の要因として最後にあげられるのは、東南アジア諸国における森林管理のまずさである。
第二次世界大戦後に次々と独立を果たした諸国が、近代的な民族国家の形成をめざして国の社会経済基盤の強化に手をつけたとき、自国の豊富な熱帯林資源の経済開発にまず目をつけた。元手ゼロのこの原資から、ほかの分野の発展のための資金を調達しようとしたわけである。そして数多くの森林開発計画が企てられ、実施された。
FAOも開発計画の立案や伐採方法、資源調査などの技術指導を行ったし、世界銀行やアジア開発銀行などは、多額の融資援助を行った。1950年代から70年代にかけてが、そのピークであった。
しかし、熱帯林の生態的特性は当時十分に理解されてはいなかった。そればかりか、移転された林業技術も、欧米における温帯や亜寒帯の森林で開発されたものが多くて、熱帯林特有の条件に必ずしも適合するものではなかった。これが多くの失敗を生んだ理由であろうと私は考えている。
ラワン材を産するフタバガキ科樹木種の人工植栽技術に見通しがたったのは、1991〜92年頃、つい6、7年前のことである。林床の若木や周辺木を傷めないで大径木を収穫する技術は確立したとはいえず、現在も研究開発中である。
熱帯林のみかけの豊かさと広大さを資源として過大評価したことも誤りであった。ほとんどの熱帯林はデリケートで傷つきやすかったからである。とりわけ森林の生長を支える土壌がもろく、薄い表層土を失うと生産力が極端に落ちてしまうのである。
こういった生態学的、あるいは造林学的問題点も、政府林野当局の熱帯林管理能力の低さと、官僚や政治家の賄賂への抵抗感のなさに比較すれば、まだまだ小さな問題に過ぎなかったように思える。零細な農民の林地への侵入と火入れを防ぐ有効な手段を発見し、手を打つことが遅れたし、伐採業者の賄賂攻勢や政治家の圧力に屈して森林をボロボロにさせてしまったからである。管理計画や規則はあって無きがごとくだったのだ。
林業は本来、森林の永続生産性の保全のうえに成立する土地利用産業であるから、数十年に一度の収穫が森林の消失につながることなどあってはならないことである。それが熱帯林、とりわけ天然林でほとんど実現されていないという現実は、管理が不適切なことの言い逃れようのない証明である。
●熱帯林問題解決への取り組み
1)人工造林
東南アジア10カ国の年間天然林の消失面積が合計324万haであることはすでに述べた。この損失を補うために、各国では人工造林による森林造成に力をそそいできた。天然林に依存してきた熱帯林業が、木材生産効率のはるかに高い人工林主体型の林業へと新たな動きをはじめつつある。
それではこの地域でどのくらいの人工林造成が行われてきたのかを下表で見てみよう。
表 アジア・太平洋地域における人工林の造成 人工林面積
1990年(千ha)1980〜90年の年間植林
年平均面積(千ha)年平均増加率% 国名 バングラデシュ 335 17.5 7.7 ブータン 5 0.3 9.6 インド 18900 1441.4 15.5 ネパール 80 6.1 15.5 パキスタン 240 6 2.9 スリランカ 198 8.6 5.9 カンボジア 0 0 0 ラオス 6 0.2 4.1 ミャンマー 335 27.9 19.6 タイ 756 42 8.5 ベトナム 2100 70 4.1 ブルネイ 0 0 0 インドネシア 8750 474 8.1 マレーシア 116 9 16.1 フィリピン 290 -1 -0.3 シンガポール 0 0 0 パプアニューギニア 43 2.1 6.8 合計 32153 2104.1 11.2 まずアジア・太平洋地域全体としては、90年までに造成された人工林の総面積は、3215万haに達している。このうち東南アジア10カ国分の面積は1236万haで、全体の約40%を占めている。
81年から90年にかけての10年間に造成された人工林のアジア・太平洋地域の合計面積は2104万haであるから、全人工林の約3分の2はこの10年間に新たに造成されたものだ。このうち東南アジア10カ国の分は622万haで、全体の約30%をしめるに過ぎない。造林のペースはまだ決して速くはない。
天然林の消失と人工林造成の面積比を比較してみると、ベトナムがもっとも高く51%である。これは100の天然林消失に対して51の人工林を造成している、という意味である。 次に高いのがインドネシアで39%。タイ、ミャンマー、マレーシアが8%、7%、2%とつづくが、造成率はぐんと低くなる。カンボジアとラオスはゼロに等しい。さらに成績の悪いのはフィリピンで、既存の人工林が毎年1,000haずつ破壊され、失われている。
人工林の造成事業でむずかしいのは、だれの土地に、なんの目的で、どんな樹種を植え、だれが管理し、それに必要な資金をどう調達し、最終的な利益をどう分配するのか、というもっとも基本的な点を明確にすることである。そのうえで、はじめて造林事業計画の立案と実行が可能になるのである。これを怠ると人工林造成事業は失敗する。
自然環境条件に適合した樹種の選択はもとより、植栽材料の遺伝形質の優良なこと、必要な苗木の数が生産供給できること、植栽後の育林技術が確立していることなど、現在の体制と技術水準ではまだまだ不十分なことばかりである。
表に掲げた数値の70%が、植林一年後に生存している率であると私たちFAOの専門官が考えているのも、人工造林に対する社会的、経済的、技術的な対応がまだ十分整っていないからである。
いずれにしても、当面の目標は熱帯天然林の消失量を抑制させるとともに、人工林造成面積を消失面積につりあわせることである。
●コミュニティーフォレストリー
コミュニティーフォレストリー、ソーシャルフォレストリーの考え方の提唱者の一人、イギリス人のジャック・ウェストビーは「農家や村落、地域社会のレベルで、零細農民と土地をもたない者が、彼らの手で、または彼らのために行う樹木の植え付けと経営」と定義づけている。森林開発計画の多くが中央官庁の計画担当官の手で作成され、伐採権を入札で手に入れた民間(ときには国営)企業が事業を実施し、その経済的利益を両当事者で分け合う、といった旧来の森林経営の問題が指摘されて以来、注目をあびるようになった考え方である。地域住民社会の意思、利益、積極的な参加のない植林事業や森林開発事業が失敗に終わることが多かったからである。
とくに熱帯林に侵入して生計をはかる貧しい農民層の社会的、経済的要求に応えることなくしては、事業の成功はおぼつかないことが明確になったからである。
FAOをはじめとする援助機関の熱帯林プロジェクトに、このような地域住民の生計向上と彼らの意向を反映した要素がかならず組み込まれるようになったり、政府にもそのような指導や助言をするようになったのは、大きな進歩である。
しかし、実際には森林地の所有権や利用権の問題、地域社会内部の有力者と一般地元住民との支配、被支配問題などで、必ずしも真の受益者が貧農層でないなどの問題もあり、現在、成功と失敗の経験を積んでいるところなのである。
●アグロフォレストリー
アグロフォレストリー(Agroforestry)などとよばれているが、その意味するところは、一つの土地から林産物も、農作物も、さらには畜産物や水産物も収穫しようとする、複合的土地利用の一形態である。
収穫までに長い年月のかかる林木を育てるだけでは、貧しい農民は生活していけない。そこで農産物の生産をうまく組み合わせるさまざまな工夫が考え出され、多様なアグロフォレストリーが熱帯林地域に展開されてきた。東南アジアの少数山岳民族による巧みな焼き畑技術も、アグロフォレストリーの一形態である。
空間と時間の配置のなかで、多種多様な林産物、農産物を収穫することを可能にするアグロフォレストリーの考え方と技術は、熱帯林の生物種の多様性とも対応しあって、その生態的特性を最大限に生かす土地利用形態となる。輸出市場をねらった換金作物の大規模単一栽培のプランテーション方式にかわるものとして、とくに山間僻地にクラス農村住民の熱帯林利用法として熱い期待を抱かせるものである。
少量だが、経済的価値の高い医薬品や香料の原料などと組み合わせれば、さらに理想的なアグロフォレストリーになることだろう。
●熱帯林問題とは地域開発問題である
東南アジア諸国を中心に熱帯林問題を概観してきて痛感するのは、この問題が林業だけの問題ではなく、農業、畜産、水産といったほかの第一次産業分野と深く関連した、広い意味での地域開発問題だという点である。人間がいて、社会があって、それらをつつむ熱帯の環境がある。問題は、経済や社会制度、あるいは文化、習慣にまで及ぶさまざまな要素の調和をどのようにとって発展させていくかにある。
熱帯林を傷めつけず、そこで生活する人々にも犠牲を強いないで、地域社会の全構成員が豊かに生活できるような条件をいかに備えるかが、熱帯林問題を解決するカギになるのである。熱帯林の持続的管理と利用も、こうした条件のなかでこそ実現できるのである。
高度に発達した科学技術文明に裏打ちされた大量生産、大量消費の資本主義経済社会システムのなかに生活する日本や、欧米諸国の人々の夢とは多少違った、その意味では新しいスタイルの人間の暮らし方を、熱帯に暮らす人々は実現するかもしれない。そういうことを私は期待している。東南アジアの森林状況写真を見る
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