パキスタン乾燥地開発と砂漠化対処国家行動計画の概要
Aridland Development and Combatting Desertification in Pakistan:National Action Programme


背景
砂漠化の現状と要因
国家行動計画の位置づけ
砂漠化対処の戦略・実施プロジェクト
実施のための推進体制

パキスタン砂漠化防止国家行動計画における地域区分の特徴と優先課題
北部山地バラニ地方灌漑平地砂漠地帯スライマン・ロド・コヒ西部乾燥山地沿岸地域
Northern mountainsBarani landIrrigated plainSandy desertSulaiman Rod KohiWestern dry mountainsCoastal areas
面積(km2)115,34051,600165,300132,70041,690333,80038,750
標高(m)1,000-8,600250-90025-25050-1,000250-2,5001,000-2,5000-1,000
人口
(百万人)
7.810.966.0 5.00 4.00 13.8 12.5
気候乾燥〜湿潤、亜熱帯〜高山半乾燥〜半湿潤、亜熱帯極度乾燥〜半乾燥、亜熱帯極度乾燥〜半乾燥、亜熱帯乾燥〜半乾燥、亜熱帯極度乾燥〜半乾燥、亜熱帯〜温帯極度乾燥、熱帯
土壌山腹の斜面:浅い不安定な土壌/谷:安定した深いローム土深いシルト/ロームで一部粘土及び砂深いローム土、一部粘土、5.2mhaの塩類、2.2mhaの水没砂、一部ローム土および粘土深いローム土、一部gypsic salinity山岳地帯はほとんど土壌はなく、谷間の扇状・台地状の土壌多様
所有小面積の私有地、公有地、国有地小面積の私有地、公有地、国有地小面積の私有地国有、公有、一部私有国有および私有、大所有と小所有の混在公有、国有が主、一部私有主に公有、一部私有
主要産業林業、放牧、果樹栽培、wildlife、観光畜産、乾燥地作物国の穀倉地帯、農業畜産、薪炭材畜産、ナツメヤシ、最低限の耕作畜産、園芸、鉱物、ガス漁業、船舶解体、ナツメヤシ、ココナッツ、畜産、観光、塩
植生900m以上は針葉樹、900m以下は広葉樹Oleo, Acacia, Prosopis sineraria , Zizyphus mauritianaSalvadora, Prosopis, Acacis, DalbergiaProsopis cineraria, Tamarix aphyllaProsopis cineraria, Tamarix aphyllaJuniper, Artemesia, Haloxylon, Tamarix aphyllaProsopis cineraria, Acacia jacquemontii, A.senegal, Maerua, Mangroves
野生生物Marcopolo sheep, markhor, ibex, snow leopard, barking deer, goral musk deer, pheasantsUrial, Chinkara Seesee, Chukar, PartridgesBlack and grey partridge, 渡り鳥Black buck, chinkara, sandgrouse, bustards, partridgesChinkara, bustards, sand grouseMarkhor, Sind ibex,urial, partridges, houbara bustardChinkara, urial, sindh ibex, waterfowls, crocodiles, green turtle
開発に伴う諸問題斜面の植生の減少、表土の侵食、土壌分の喪失、生産性の低下、湿潤地での土壌養分の浸出、急斜面での耕作、不安定な斜面での道路建設、廃棄物、地盤のスライド土壌侵食、土壌分の喪失、小川・小峡谷の侵食、木本層の喪失および表土の流失塩害・浸水、灌漑用水の不足、地下水の塩水化風食、灌漑地の砂丘の移動による埋没、生物多様性の減少、季節的な飼料の不足、飲料水の不足洪水、飲料水の不足、土壌侵食、森林減少、生物多様性の消失牧草地の劣化、地下水の枯渇、ビャクシン林の減少厳しい風食、水食、砂丘の移動により港湾、道路、家、他のインフラが埋まる危険、飲料水の深刻な不足
問題回避のためのオプション土壌・水質保全のための植林、土地利用パターン・社会経済インフラの改善、斜面での植林、果実の貯蔵・マーケティング施設の設立土壌と水の保全、social range management、多目的樹種の植栽、林地の改善と保護、アグロフォレストリー水路の設置、排水システムの見直し、塩害・浸水した土地の再生、植林、アグロフォレストリー移動砂丘の固定化、水資源の確保、荒廃した牧草地の再種播、乾燥地の植林ロド・コヒ灌漑の管理、腐りにくい乾燥地果実の促進、放牧地管理、アグロフォレストリー牧草地の再生、地下水の保全、地表水の確保、鉱業砂丘の固定化、飼料となる樹木・灌木の植栽、地表水の確保、塩土での農業、地下水の採取のコントロール、マングローブの持続可能な管理
優先プログラム
(1995-2000)
土地劣化の防止
植林
牧畜管理
季節外果実・野菜
穀物生産
生物多様性、薬用植物の保全
リスク処理
畜産
土壌・水保全
植林
アグロフォレストリー
放牧・畜産
土壌保全
水資源の確保
Brani cropping
塩害・浸水コントロール
塩類集積土壌の再生
排水システムの改善
塩土農業
アグロフォレストリー
On-farm water management
水路の設置
砂漠化防止
砂丘の固定化
乾燥地の植林
水資源の確保
放牧・畜産
乾燥地農業
生物多様性、薬用植物の保全
Jojoba Samphire 耕作
土壌管理
土壌・水の保全
放牧・畜産
灌漑の改善
アグロフォレストリー
乾燥地農業
土地の再生
乾燥地の植林
放牧地の再生
畜産の改善
Water recharging
季節外の果実・野菜
生物多様性の保全
土壌保全・再生
リスク対処
沿岸開発
砂丘の安定化
植林
Saline agriculture
マングローブ林の管理
水資源の確保
Palm/Jojoba Samphire 耕作

1) 背景
パキスタンでは、国土の80%が乾燥または半乾燥地であり、各地で土地の荒廃が問題になっている。北部山岳地帯は、タルベラ・ダムTarbela Damとマングラ・ダムMangla Damの主要な水源となっているが、ひどい土壌侵食のために貯水池に泥が堆積し、発電能力の低下や灌漑用水不足の原因となっている。バラニ地方Barani landsは、作物栽培、家畜放牧、また植生の違法採取が主な原因となって、深刻な土壌侵食が発生している。砂漠化は砂丘の移動や塩害などの問題を引き起こす。灌漑された地域は、浸水と塩害という二重の被害を受け、土地荒廃が進んでしまった。スライマン・ロッド・コヒSulaiman Rod Kohi areasでは、土壌管理に失敗したため、現在、作物や家屋が洪水の被害を受けるようになってしまった。バロキスタンBalochistanの西部乾燥山地の地下水資源は、乏しい水量にもかかわらず、園芸や作物栽培のために過剰利用されたために減少を続け、家畜圧により生産性は低いままである。
パキスタンは、その国土面積8,800万haのなかに、ヒマラヤ、カラコルムなどの高い山々、永久氷河、インダス川流域の肥沃な灌漑地、砂漠、岩石台地など多様な特色ある地域を含む。全体の80%が乾燥地・半乾燥地、12%が半湿潤地、残り8%が湿潤地である。季節は、夏と冬がある。農業生態学的に見て、パキスタンは、以下のような7つのエリアに分類することが出来る。

北部山地 Northern Montains
バラニ地方 Barani lands
灌漑平地 Irrigated plains
砂漠地帯 Sandy deserts
スライマン・ロド・コヒ Sulaimann Rod Kohi
西部乾燥山地 Western dry mountains
沿岸地域 Coastal areas

行動計画では上記の7区分に従って、@地域の生物理的および社会経済的な特徴、A土地荒廃の要因と現状、B最優先とされる行動プログラムを記述しているのが特徴となっている。
砂漠化の背景となる社会的な問題としては、人口問題と貧困の問題がある。パキスタンは人口1億2000万人で、人口増加率は年に3.1%である。世界で10番目に人口密度が高い。従って、人口増加が様々な問題の原因となっている。農村部の世帯の77%が月収1500ルピー(1996年当時で40USドル)以下である。
農業生産においては女性が大きな労働力となり、重要な役割を担っている。また、女性は森林保全や林業経営でも男性と同様に貢献し、森林が侵食や洪水の被害を防ぐために重要であることも理解している。少しずつではあるが、女性の自然資源管理分野での研修参加も増加している。砂漠化対処やこれに関連する乾燥地管理運営についても、女性が男性と対等の立場で活躍することが期待される。

2) 砂漠化の現状と要因

自然のプロセスと同時に、人口圧からくる人為的な要因で、風食、水食、浸水・塩害、洪水、有機物や生物多様性の喪失が起こっている。土地荒廃の原因と結果としては、主に以下のようなことが考えられる。
a) 水食
 インダス平原の周囲の山域はの急峻で広大な斜面では、夏期の集中豪雨および融雪により土壌侵食が引き起こされる。北部山地では、閉鎖林に覆われた斜面では水食は見られないものの、斜面で耕作を営んでいる場所では顕著である。この地域では約1,100万haが水食の被害にあっている。また、水路への土砂の堆積により、水資源および土地利用の効率が減少していることも問題となっている。上流域では水食によりインフラストラクチャーが被害をうけ、下流域では上流からの表土の流出および堆積により、水力発電や灌漑施設の効率が落ちている。
b) 風食
 Tal, Cholistan, Tharparkar,の砂漠、またMekran沿岸の砂浜で顕著。薪炭材の過剰採取や家畜による踏圧が土地の劣化の主要な要因となっている。風食によって影響をうけている地域は300〜500万haにのぼる。表土の侵食による農業生産の低下、また、砂丘の移動により、道路、鉄道、耕作地にあつい砂の層がつもり、住民にとって脅威となっている。
c) 森林破壊
 国土の森林率はわずか5.2%で、毎年7,000〜9,000haの森林が消失している。上記の水食や風食の要因は、一つには自然植生の減少によるものと考えられる。森林の破壊は、無計画な伐採・薪炭材の採取、管理運営の悪さ、飼料の生産性の低さによってもたらされる。
d) 家畜・放牧圧
 家畜の増加による放牧圧により、土壌の踏み固め、脆弱な斜面での植生の破壊(とりわけ若木や灌木)などの重大な影響が起こっている。家畜の放牧は、森林や植生を徹底的に破壊し、回復不可能にしてします恐れがある。家畜数が増え、餌になる植物が無くなれば、環境が破壊されるだけでなく、放牧地の家畜への被害、放牧民の生計への影響など社会経済的なダメージも起こる。
e) 生物多様性の喪失
 過放牧、植生の破壊、塩害、浸水、干ばつ、不法な狩猟などにより、各地で生物多様性が低下し、ほ乳類の31種、20種の鳥類、5種のは虫類が絶滅の危機に瀕している。
f) 浸水と塩害
 灌漑により過剰に水が耕作地に入ると、地下水面が上昇する。こうして浸水の被害を受けているエリアの総面積は、1550haに達する。また、灌漑により地中に塩分がたまる塩害も顕著である。現在、500万ha以上が塩害の被害にあっている。
g) 干ばつと洪水
 干ばつは特に乾燥地帯、半乾燥地帯で頻発におこっている。干ばつも洪水も、土地荒廃の原因になり、人々の生活や生態系に重大な影響をおよぼす。
h) その他の社会・経済的な状況

3) 国家行動計画の位置づけ

国内の乾燥地・半乾燥地の土地荒廃と砂漠化に対処するために、パキスタン政府は、1993年、砂漠化対処国家行動計画を策定することを決定し、UNEPとESCAPに資金、技術支援を求めた。政府機関、国際機関、NGOも参加した94年のワークショップでの議論を盛り込み、最終的に国家行動計画が完成した。8つの5か年計画、国家農業作業委員会報告('94)、国家保全戦略('92)、森林セクター・マスタープラン('92)、国家農業政策('91)、国家農業委員会報告('88)等が基礎となっている。
国家行動計画は、乾燥地開発と砂漠化対処に関する研究や開発プロジェクトの準備を進めるうえでのガイドライン・枠組みとなるべきものである。国家や州レベルでの組織的機動力を強化するために、食糧・農業・畜産省でコア・プロジェクトを策定するべきだとする提案がある。
 すでに始まっている、または提案されている乾燥地での資源保全に関するプロジェクトは、今後、国家行動計画のもとで管理される。

4) 砂漠化対処の戦略・実施プロジェクト

国家行動計画の主な目標は以下の通りである。
@ 農業・生態学的に分類された地域ごとに、自然資源の持続的開発と生物多様性保全のガイドラインを普及させる。
A 乾燥地域の住民の生活水準を向上させる。
B 乾燥地域の政策・計画づくり、研究、開発のために有効な組織メカニズムの整備をする。
C 各地域固有の問題を認識し、解決するために、地域住民の中から人材を育てる。
D 政策決定プロセスと実施に男女が平等に参加する。

優先プログラム案(1995−2005)は、以下のように提案されている。
@北部山地での土地劣化の防止
Aバラニ地方での土壌・水保全
B灌漑平地での塩害・浸水コントロール
C砂漠地帯での砂漠化対処
Dスライマン・ロド・コヒでの土壌管理
E西部乾燥山地での土地の再生
F沿岸地域での開発
G砂漠化評価でのモニタリング
H乾燥地発展および砂漠化コントロールのための制度的な能力強化
I砂漠化対処および乾燥地発展のための人的資源育成
J乾燥地発展のための研究能力強化
K洪水、干ばつ、気候変動の監視および早期警告のための気象ネットワーク強化

優先調査研究分野は、以下のとおりである。
<北部山地>
・針葉樹林の再生、土壌保全のための多目的樹主の選定など
<バラニ地方>
・耕作、放牧、漁業、養鶏などを結合させた統合的農業の研究など
<灌漑平地>
・適切な土地利用を促進するためのアグロフォレストリー研究など
<砂漠地帯>
・砂丘の固定化技術など
<スライマン・ロド・コヒ>
・畜産業の生産性の向上など
<西部乾燥山地>
・ビャクシン類(juniper)林の保全および乾燥地での植林技術など
<沿岸地域>
・砂丘の固定化および耐塩性植物の研究など

5) 実施のための推進体制
行動計画実施にあたっては、政府内に全く新しい組織を設立するのではなく、既存のシステムを利用する。乾燥地開発・砂漠化対処ユニットAridland Development / Desertification Control Unitという部署を設け、食糧・農業・畜産省Ministry of Food , Agriculture and Livestockの乾燥地開発長官Aridland Development Commissionerをその責任者とするという案がある。同ユニットの諮問機関の役割をするために、政府高官、民間団体、NGOから構成される国家推進委員会Federal Steering Committeeの設置も考えられている。また、行動計画を効率的に実施し、現地で直接プロジェクトを行う州政府やNGOとの調整をはかるために、各州の企画開発部内に乾燥地開発室を設置することも検討されている。
乾燥地での調査プロジェクトは、重複しないように、事前調整が重要である。従って、各実施団体の能力に従い、あらかじめ調査地域を割り当てる方法も考えられている。
乾燥地開発は、州の技術部署が担当し、NGOも参加する。NGOには現地住民参加を推進する役割が期待され、政府間の協力が強く望まれる。
行動計画実施のためには、国家レベルでの包括的人材育成が必要である。新設されたラワルピンディ乾燥地農業大学University of Arid Agriculture at Rawalpindiの貢献が期待されている。イスラマバードにある国家農業研修センター National Agricultural Research Centre内の研修所を昇格し、乾燥地農業アカデミー Arid Agriculture Academyとし、大学院レベルでの教育の場としようという案もある。
UNEP、ICIMOD、FAO、UNDP、JICAなどの国際機関、援助組織もパキスタンの乾燥地での調査と開発に大きな関心を持っている。

6) 予算
行動計画実施にあたり必要な資金は、税収、ADBPアジア開発銀行からのローン、民間企業、また、NGOによる資金集め等を通して獲得する。
 また、「自然資源保全基金」の設立も提案されており、北部山地の水系の管理を必要とする水力発電からの拠出や、その他、自然資源管理によって恩恵をうける私企業からの拠出が期待されている。
 優先されるプロジェクトの予算は以下の通りである。

(単位:百万ルピ)

@北部山地での土地劣化の防止1,300
Aバラニ地方での土壌・水保全850
B灌漑平地での塩害・浸水コントロール2,900
C砂漠地帯での砂漠化対処1,050
Dスライマン・ロド・コヒでの土壌管理900
E西部乾燥山地での土地の再生1,280
F沿岸地域での開発900
G砂漠化評価とモニタリング50
H乾燥地発展および砂漠化コントロールのための制度的な能力強化100
I砂漠化対処および乾燥地発展のための人的資源育成200
J乾燥地発展のための研究能力強化150
K洪水、干ばつ、気候変動の監視および早期警告のための気象ネットワーク強化200
9,880

参考:1USドル=36ルピ(1996)。パキスタンの国内総生産は15兆8千億ルピ(1995)。



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