この生態系の頂点に立つのがトラで、その個体数は約250頭を数え、インドで最多を誇る。スンダルバンスはトラを重点的に保護するタイガー・リザーブ(トラ保護区)に指定されている。スンダルバンスは大都市カルカッタから半日で来られる距離にあるため、1、2月のシーズンには一日3千人以上の観光客が訪れる。
写真47 マングローブ林。
この土地は川の堆積作用によって作られた。16世紀頃ガンジス川の本流が東へ移動したため、スンダルバンス付近の川の水量が減り、海の潮の影響を受けるようになった。ベンガル湾の海水が逆流してくるのである。満潮時と干潮時の水位の差は5mくらいある。
トラによる周辺住民の犠牲
インドでは国立公園内に人は住むことができないが、スンダルバンスの境界線となっている川の対岸には半農半漁の村々が密集している。
周辺住民は公園内での漁、一定の樹種と数量制限内で燃料用の木材の伐採などが許されている。しかしスンダルバンスの森はトラが支配する世界である。報告されているだけで毎年20人〜25人がトラに襲われ、命を落としている。トラは川を泳いで渡り、家畜や人を襲うこともある。だが、貧しい地元の人々はスンダルバンスの恵みなくしては生きて行けず、村を離れることはできない。
トラから身を守る方法
トラは1973年の大国家事業「プロジェクト・タイガー」発足以来、手厚く保護されてきた。たとえ緊急避難的防衛であってもトラを殺した場合にはその責任を厳しく問われることになった。密猟などで意図的に殺した場合には死刑も適用される。そのためトラを傷つけずに身を守る方法しかとることができない。ある漁師にトラの攻撃から身を守る術は、と聞いたところ、「何もない。せいぜいトラの神バナビビに祈るくらいかな」という答えだった。
国立公園事務所はいくつかのトラ対策を行った。例えば、虎が噛み付いたら電気ショックが流れる人形のダミーを森に置いた。一度その人形に噛み付いて電気ショックを受けたら人間を恐れるようになる習性を利用したものだ。しかし、設置できる数と区域が限られ、効果はあまりないため現在は廃止されている。対岸の村への侵入を防ぐために柵を設置したが、全地域はカバーできず、さらに無許可で魚取りや材木集めのために森に入る人々によってこわされたところもある。
最も効果があるのは後頭部にお面をつけ、絶えずトラに視線を向けているように見せかけることである。トラは獲物が油断して背中を向けたときに、背後から襲う習性がある。1975年から83年まではトラに襲われた死者は年平均45人だったが、お面による対策が導入されてから死者は半減した。さらに死者の9割はお面をつけていなかったことからも効果は認められている。
命がけで作業する蜂蜜取り
最も過酷な職業は蜂蜜取りであり、シーズンの4月から5月にかけてスンダルバンスの森に入り、蜂蜜を集める。トラに襲われる確立が最も高い。1組10名前後が数隻の手こぎボートで島々を移動し、2週間以上スンダルバンスの森の中で暮らしながら蜂蜜を集める。
毎年200人ほどがハチミツ集めに出るが、毎年、そのうちの1%、2〜3人が必ずトラに襲われ、死亡するという。ハチミツは1瓶(500グラム)60ルピーから100ルピー(180〜300円)程度で売られる。蜂蜜取り業者は1シーズンでこの地方では破格の1万ルピー(3万円)稼ぐと言われるが、文字通り命がけの仕事である。
国立公園保護官も過去20年の間に4人がトラの犠牲になっている。1995年11月のトラの足跡調査中にも1人がトラに襲われ、命を落とした。「それでも我々はトラを守らなければなりません。それはトラは生態系の頂点に立つ生物で、トラが安定した生活を保っていることが分かれば、その生態系全体も健全であるはずだからです。犠牲を出してもトラの調査は続けていかなければなりません」と、国立公園副所長ラティン・バナルジー氏は語った。デリーの環境森林省の高官は「自然環境を守るには人間の生活はある程度犠牲になっても仕方がない」と述べた。
エビの乱獲
スンダルバンス周辺はエビの養殖が盛んである。国立公園内で漁を行う漁民は養殖用のエビの稚魚を獲り、養殖業者に売り、貴重な現金収入を得ている。最近、エビの稚魚が乱獲されている。エビはスンダルバンスの食物連鎖の底辺を支えるもので、エビの減少はそれを捕食する魚や鳥、動物の減少にもつながりかねない。
国立公園では域内での漁や材木伐採については、自然へのインパクトを最小限におさえるため、許可数を制限している。周辺の村々では人口が増加し、公園の資源に依存する人数も増えている。通常、漁や蜂蜜とりのための公園入場許可は4500件まで出せる。しかし公園事務所は天然資源保護を理由に許可件数を増加させることはできないというジレンマに立たされている。
漁民は許可証がなくても、生活のため漁を続けなければならない。無許可で公園に入り、トラに襲われると漁民たちは逮捕されることを恐れ、被害届を出さないと言う。
スンダルバンスのトラ保護は生息する個体数から見れば成功を収めてきたと言えるかも知れない。しかし、周辺住民の生活と安全が十分に確保されていない状況にある。スンダルバンスは自然保護と人間の共存の難しさを象徴している。
面積:2585ku(タイガーリザーブ)
スンダルバンスは3つの区域に分けられている:
コア・エリア(1,330ku)
緩衝地帯(1,255ku)
一般保護区(サンクチュアリ)(604ku)
植物:
300種以上の植物が生息する。大きく分けて海岸林、マングローブ、塩水林。 Genwa (Excoecaria agallochia), Kankra (Aequiceras Corniculate), Garan (Ceriops decandra), Garjan (Rhizopora mucronata), Dhundul (Xylocarpus granatum), Baen (Avi-cennia marina), Nipa Palm (Nipa fruticans)
魚類:
fiddler Crab (Uca sp.), Mud Skipper Fish (Boleopthalmus buddaerti), Hermit Crab (Cilbanarius padavensis), Crocodile (Crocodylus porosus), Black finless Dorsoise (Neomeris phocaenoides), Osprey (pandion Haliaetus)
動物:
スナドリネコ (Felis veveria), Jungle Cat, Wild Boar (Sus scrofa), ガンジスカワイルカ (Platanista gangetica), チタル (Axis axiz), キングコブラ (Ophiophagus hannah), ニシキヘビ (Python molurus), Water moni-tor (Varanus salvator), Olive Ridley Turtles, (Lepidochelys olivacea), ホエジカ(Muntiacusmuntjak), トラ (Pan-thera tigris)
関連情報:
公園内には動物観察用の塔が3カ所にある。塔から人工の溜め池が見える。朝・夕、動物たちが水を飲みにやってくるのを観察するのである。塔のまわりはトラの攻撃防止用に柵で囲われている。通路の天上部分も網になっている。観察塔以外、公園内への立ち入りは危険なため禁止されている。また、トラがボートに飛び移ってくることもあるため、狭い入り江を航行することは危険である。
参考文献:
戸川幸夫『
虎・この孤高なるもの 』講談社、1980年。
IUCN (The World Conservation Union),
Paradise On Earth: The Natural World Heritage List A Journey through the World's Most Outstanding Natural Places, Patonga, 1995.
Thapar, Valmik,
The Tiger's Destiny, London, 1992.
インド編目次に戻る
リストから選んでください
サンチーの仏教建造物群
アジャンタの洞窟寺院
エレファンタの洞窟寺院
エローラの洞窟寺院
カジュラホの建造物
クトゥブ・ミナール
フマユーンの墓
ファテープール・シクリのムガル様式都市
アグラ城
タージ・マハル
ナンダ・デビ国立公園
ケオラデオ国立公園
マナス国立公園
カジランガ国立公園
スンダルバンス国立公園
マハバリプラムの建造物
コナラクの太陽神寺院
タンジャブールのブリハディスバラ寺院
パッタダカルの建造物
ハンピの建造物
ゴアの教会と修道院
ムガル帝国年表
世界遺産トラストについて
地球・人間環境フォーラム