ケオラデオ国立公園

(自然遺産、1985年指定)
Keoladeo National Park

渡り鳥の中継地
  ケオラデオ国立公園は東西に約3キロ、南北に約10キロ、面積29kuの湿地帯でインドの国立公園としては小規模である。しかし何万もの野鳥が集う聖域である。木々は枝を広く伸ばし、鳥達の格好のすみかとなる。モンスーン後の最盛期(10月〜3月)には渡り鳥も加わり、数えきれないほど多くの鳥の鳴き声が一日中森に響きわたる。この公園では364種の鳥が確認されている。
  公園の中心部にシヴァ神を祀ったケオラデオという名の祠があり、これが公園の名称になった。

人工の沼沢地
  この湿地は1850年代に人間の手によって生み出された。国立公園があるラージャスタン州バラトプルは5〜8月、そして10月と年に2度洪水が起きる。それ以後の乾期には雨がほとんど降らず、水不足になる。そこで洪水・渇水対策のために、19世紀に人工の水路や水門が建設された。その結果、ケオラデオは一年を通して水が涸れない沼沢地になり、カモなどの水鳥が住み着いただけでなく、シベリア方面からの渡り鳥の中継基地にもなった。夏には摂氏50 度にも達する灼熱の地で、ケオラデオ国立公園は鳥たちのオアシスになっている。
  公園では鳥が住みやすい状態を維持することが最重要課題になっている。毎年やってくるモンスーンによる被害箇所を修復することや泥道をならすこと、乾期に備えて十分な量の水を確保することなどが公園職員の役目である。現在では各区域ごとに水門が設けられ、公園の外に貯水池もあるので水不足はほぼ解消されている。
  かつての土地所有者、バラトプルのマハラジャ(地方の王)は代々無類の狩猟好きだったという。治水工事のおかげで沼沢地が形成され、ケオラデオに野鳥が住み付いたのを知って、マハラジャはこの地を鳥獣保護区に指定した。狩りの獲物が絶滅しないよう、野鳥保護を進めた。これが野鳥保護の始まりである。1951年には州政府の管理下に入り、1981年に国立公園に指定された。
  主役である鳥以外にもジャングル・キャット、フィッシュキャット、シカなどの動物が生息している。また、ニシキヘビは特別保護の指定を受けているが、農民はヘビを見ると殺してしまい、インドでのヘビの個体数は減少している。

自然保護と周辺住民の利益
  ケオラデオの湿地は周辺に住む農民にとって共有財産であり、ウシやヤギの放牧にも利用されていた。1981年に国立公園に指定されてから鳥や野生動物の保護のために家畜の放牧が禁止され、家畜の侵入を防ぐため公園の周囲に壁が作られた(写真39)。しかし、禁止措置に抗議する農民たちは壁を壊して家畜を公園内で放牧させる行動にでた。農民は警官隊と衝突し、1982年に8人の死者が出る事件も起きている。
  近年、公園内で適切な家畜の放牧を行った方がむしろ公園の保全に役立つということが明らかになった。牛やスイギュウは水草を食べることによって水路を掃除する役割を果たし、また糞は小動物や土壌への肥料として有効である。現在では制限付きの放牧を認めている。しかし農民にとっては入場できる日数も十分ではなく、不満は完全には解消されていない。

エコツーリズムの手本
  かつて公園管理の大きなテーマの一つに、観光客による自然へのインパクトをいかに抑えるかという問題があった。これはエコツーリズムを徹底させることで解決を図っている。
  公園内に一般自動車は入ることができない。公園専用の電気自動車、リクシャー(3輪の輪タク)、自転車、徒歩、ボートでしか見学は許されない。自転車やリクシャーは入場の際に有料で利用できる。より深く、細かく公園を観察したい訪問者は自転車も入れない小道を徒歩でゆくことができる。
  グループで見学する場合には必ず公認のガイドを付けなければならない。リクシャーの運転手も公園内動植物についてのトレーニングを受けており、鳥についても熟知している。
  ケオラデオ国立公園での生物種の保護にはほぼ成功したと言われているが、唯一懸念されているのが、渡り鳥ソデグロヅル (Siberian Crane/ Grus leucogera-nus )の減少である。毎年冬にやってくるのが常だった。しかし、1992年の5羽、1994年の2羽を最後にケオラデオにその姿は見られない。
  ソデグロヅルはシベリアからはるばるインドへやってくる。中央アジアのカザフスタン、アフガニスタン、パキスタンを経由してやってくるソデグロヅルとチベット、ヒマラヤの8000mの山々を越えて最短距離をとるソデグロヅルがいることが、最近の調査によって明らかになった。彼らは飛行ルートや中継地点を親から子へ、子から孫へと、経験によって伝えていくと言われる。そのためケオラデオに来るソデグロヅルは、いったん絶えると、二度と戻ってこないおそれがある。ソデグロヅル減少の原因はまだ、明らかになっていない。

その他
公園面積:29ku
経緯
1951年州政府の管理下に入る
1956年鳥獣保護区(Bird Sanctuary)
1981年国立公園
1985年世界遺産

主な野鳥:
クロヅル(Common Crane/ Grus grus)、オオハゲコウ(Adjutant Stork/ Leptoptilos dubius)、エンビコウ(White-Necked Stork/ Ciconia episcopus)、コウノトリ(White Stork / Ciconia ciconia)、ゴイサギ(Night Heron / Nycticorax nycticorax)、インドヒメウ(Indian Cormorant / Phalacrocorax)、スキハシコウ (Openbill Stork / Anasto-mus oscitans)、インドトキコウ (Painted Stork / Mycteria)、ヘラサギ(Spoonbill / Platalea leucorodia)、アジアヒメウ (Indian Cormorant / Phalacrocorax)、アマサギ (Cattle Egret / Egretta ibis)、アオサギ(Grey Heron / Ardea cinerea)、ムラサキサギ (Purple Heron / Ardea pur-purea)、ゴイサギ (Night Heron / Ny-cticorax nycticorax)、ソデグロヅル(Great White Crane/ Grus leucogeranus)。

参考文献:
山階芳麿『世界鳥類和名辞典』大学書林、1993年。
Ewans, Martin; Singh, Thakur Dalip; Hancock, James, etc., Bharatpur: Bird Paradise, London. 1989.
IUCN (The World Conservation Union), Paradise On Earth: The Natural World Heritage List A Journey through the World's Most Outstanding Natural Places, Patonga, 1995.
Woodcock, Martin, Birds of India, Harper Collins Publications, London, 1995.

水門
写真38 19世紀に人工の水路や水門を建設した結果、ケオラデオは一年を通して水が涸れない沼沢地になった。

壁

写真39 ケオラデオ国立公園の境界線にある壁。放牧される牛や山羊の侵入を防ぐために作られたが、1982年、公園からの家畜締め出しに反対する農民のなかには壁を壊して家畜を公園内に入れる者もいた。

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