1.王宮地区
マハナミディヴァ
王宮地区の最大の建築物はマハナヴァミディバである。ここでクリシュナデーヴァ・ラヤ王の戦勝を祝うナヴァラトリの祭がとりおこなわれたが、今では基壇しか残っていない。高さ10m、最下部面積は40u、最上部は24u。基壇の側面には馬、象、戦士、踊り子、楽師などの像が彫られている。王宮跡、謁見の広間跡など周囲には宮廷の建物群の基壇がいくつもある。大きなプールのような長方形の濠があるが、これは王宮で使う水をためていた水槽である。
さらにその東側に黒い石で作られた正方形の水槽がある(写真69)。石は階段状に組まれていて、底まで下りることが出来る。丁度ピラミッドを逆さにし、内側から眺めたような形をしている。1990年代になって発見され、発掘される以前は砂に埋まっていたため、破損がほとんどない。この水槽に関する歴史的資料は残っていないが、他の建築材と違う黒い石を使用している点や独特なデザインから王の宗教儀礼に使用していたと考えられている。
王妃の水浴場
15m四方、深さ1.8mの水浴場で、水は用水路からひいていた。周りは回廊で囲まれている点、水槽に向かってバルコニーが突き出ている点などイスラム建築の影響を多分に受けている。回廊の天井には24のドームがあり一つ一つデザインが違う。
ハザラ・ラーマ寺院
王宮地区の北西のはずれにはハザラ・ラーマ寺院がある。ヴィシュヌ神に捧げられた寺院で、インドの大叙事詩ラーマ・ヤーナの場面が至る所に彫刻されている。さらに、ガネーシャ(ゾウの頭を持つ吉祥の神)やハヌマーン(猿王でラーマ・ヤーナの主人公ラーマを助けた)の浮彫、ヴィシュヌやその化身ナラシンハの彫刻が柱や壁に施されている。
王妃の宮殿跡とロータス(チトラグニ)・マハル
王宮の建物群から北にはなれたところに王妃の宮殿があった。現在では基壇しか残っていない。ロータス(チトラグニ)・マハルはヴィジャヤナガル様式の代表的な建築物の一つ。建築はヒンドゥー様式とイスラム様式の折衷である。屋根はヒンドゥー寺院によく見られるような四角錐ピラミッド型で、その表面は複雑な凹凸から形作られている。柱と柱の間はアーチ状になっている。アーチの形はイスラム建築によく見られる尖状アーチにひだを加え、輪郭線を3重にしてある(写真73)。この形が柱から柱へと幾重にも重なる。この建物は王妃が私的に使用していたと思われる。
政治的にはイスラム勢力と対立していヴィジャヤナガルだが、意識的にせよ無意識的にせよイスラム文化の影響を受けていたのである。人や物は国家や宗教を越えて交流があり、ヴィジャヤナガルの兵士の3分の1はイスラム教徒であった。
象舎
王朝に仕えていた10頭のゾウがこの建物をすみかにしていた。ヒンドゥー・サラセンスタイルで、各部屋の屋根のドームはそれぞれ形が違う。
写真68 ナラシンハ(人獅子)像。ナラシンハはヴィシュヌ神の化身である。座禅が崩れないように足にバンドを巻き付けて修行をしている姿である。
注(1)ガネーシャ:富と繁栄の神、知恵と吉祥の神としてインドで広く親しまれている。体は人間、頭はゾウである。パールヴァティー女神が夫シヴァ神の留守中に自分の垢から息子を作ったが、戻ってきたシヴァはそのことを知らず、見ず知らずの者がなぜここにいるのだと怒って息子の首をはねてしまった。パールヴァティー女神が激怒したため、シヴァは「北へ向かって進み、最初に出会った生き物の首をつけて息子を再生しよう」と約束した。そして最初の生き物がゾウだったため、現在のような姿になったと言われている。ヘマクータ丘
困難な発掘と修復
ヴィジャヤナガル王国は1565年、タリコタの戦いでイスラム勢力に敗れ、ハンピの町は徹底的に破壊された。そのため建築については判断材料が乏しく、いまだに不明な点も多い。広大な土地のため、発掘は全体の5%しか済んでいないという。ヴィジャヤナガル王家の人々は東の方向、現在のアンドラ・プラデシュ州方面へ落ちのび、18世紀になってハンピの対岸の村アネグンディに戻ってきた。王の子孫であるデーヴァラヤ家の人々が今でも住んでいる。
ハンピのヴィルパクシャ寺院には現在でもインド中から巡礼者が訪れている。ハンピの土の下には発掘すべき建物や遺品が多数残されているが、現在は農地になっている部分も多い。政府は農地としての使用を認めているが、深く耕さないという条件が付けられている。
写真69 貯水槽。他の建築材と異なる黒い石を使用している点や独特なデザインから王の宗教儀礼に使用していたと考えられている。 |
写真70 切りかけで放棄された石。 |
写真71 ヴィルパクシャ寺院のゴプラム。ゴプラムは寺院の門であるが、南インドの寺院ではゴプラムが寺院本殿よりも高く作られる。 |
写真72 ヴィッタラ寺院の柱に彫られたヤーリ神。ライオンとゾウが合体した想像上の動物。 |
写真73 チトラグニ(ロータス)マハル。柱と柱の間はアーチ状になっている。アーチの形はイスラム建築によく見られる尖状アーチにさらにひだを加え、輪郭線を3重にしてある。さらにこの形が柱から柱へと幾重にも重なる。