エレファンタの洞窟寺院

(文化遺産、1987年指定)
Elephanta Caves


  エレファンタ島(写真9)はインド最大の商業都市ムンバイ(旧ボンベイ)の沖10qに位置する。16世紀にポルトガル人がこの島を占領した時、島の南にゾウの彫刻があったためエレファンタと名付けられた。
 交易や漁のため、近くを通る船乗りたちが航海の安全を願ってこの島を訪れたと考えられている。僧侶たちにとっては人のにぎわいから離れたエレファンタの石窟寺院は修行に適した場所であった。

シヴァ神に捧げられた石窟寺院
  石窟は7つあり、ヒンドゥー教のシヴァ神(1)にささげられている。エレファンタの歴史についてははっきりしていない。寺院が彫り始められたのは8世紀とされているが、6世紀という説もある。
  エレファンタで代表的なのは第1窟である。約40m四方にわたって岩が掘り進められており、その空洞を20本の列柱が支えている。シヴァのリンガ(2)が祀られる本殿(聖室)は日光が届きにくい最も奥まったところにあるのが普通だが、ここではホールの中央右部分に正方形に作られている。寺院の外の人間界に神を近づけようと意図した実験的な建築例とされている。四方の入り口両脇には守護神ドワラパラの像が立ちはだかっている。
注(1)シヴァ神:ヴィシュヌ神とならぶヒンドゥー教の主神。世界を滅ぼすことのできる猛毒を飲み込み世界を救ったため青黒い首をしている(ニーラカンタ)。また、頭から水を出し、大河ガンジスを創造したとされる。同時に、怒ったときには世界を破壊する恐ろしい神(マハーカーラ)でもあり、踊りの創始者(ナタラージャ)でもある。

注(2)リンガ:ヒンドゥー教がインドで確立する以前、土着の男性器信仰から始まった彫像で、男性器の形を抽象化している。ヒンドゥー教に取り込まれてからは、シヴァ神またはそのエネルギーの象徴として崇拝されている。

  9点あるシヴァの彫刻はその大きさと重量感ある迫力で知られている。高さ5.5mにも及ぶ三面のシヴァ、舞踏のシヴァ、象の魔人を退治するシヴァなどである。三面のシヴァは頭部に顔が三つある。それぞれ前と左右を向き、右は怒り狂った顔、左は瞑想に耽る顔、正面は微笑んでいる顔である。彫刻は大きさとも相まって力強さを感じさせる。
 舞踏のシヴァ(写真8)は手足が破壊されてしまっているが、均整のとれた姿態、上半身をひねっている様子などから踊りの躍動感が伝わってくる。神話によるとシヴァは108のダンスを踊る踊りの王(ナトラージャ)の別名を持っており、シヴァが怒ると踊りながら世界を破壊し尽くすと言われている。

踊るシヴァ神 写真8. 踊るシヴァ(ナトラージャ)。手足が破壊されてしまっているが、均整のとれた胴体をひねっている様子などから踊りの躍動感が伝わってくる。

過去の無思慮な扱い
 残念ながらこれらの彫刻は保存状態が悪い。手足がとれている彫刻がほとんどである。ポルトガル兵は遊び半分にこれらを射撃の標的にし、イギリス人はムンバイの町の建築材料として石を持ち去った。現在は石窟の東部分に雨水が流れ込んでおり、インド考古調査局(ASI)は排水溝設置に取り組んでいる。

エレファンタ島
写真9. エレファンタ島。かつては船乗りたちが航海の安全のためにこの島の石窟寺院を訪れ、シヴァ神に祈りを捧げていたと考えられる。

参考文献:
宮治昭『インド美術史』吉川弘文館、1981年。
Michell, George, The Hindu Temple: 神谷武夫訳『ヒンドゥ教の建築 ヒンドゥ建築の意味と形態』鹿島出版会、1993年。(An Introduction to Its Meaning and Forms, 1988.)
Collins, Charles Dillard, The Iconography & Ritual of Siva at Elephanta, Delhi, 1991.
Kaye, Myriam, Bombay and Goa: An Illustrated Guide, The Guidebook Company, Hong Kong, 1990.

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