アジャンタの洞窟寺院

(文化遺産、1983年指定)
Ajanta Caves


インド最大の仏教石窟群
  アジャンタはマハラシュトラ州アウランガバードから100qの人里離れた谷にある。アジャンタは19世紀、トラ狩りにやってきた英軍将校により偶然「発見」された。U字型に曲がっているワゴーラ川を取り巻く崖に仏教石窟が掘り始められたのは紀元前1世紀のことである。のみとつちで岩が掘りすすめられた。
  7世紀までに29の石窟が作られた。壁画は石窟の内部にあり、暗いうえに、色落ちや剥落のため判別しにくいものが多い。しかし古代インド仏教の壁画は現存するものが少なく、アジャンタの壁画は美術史上貴重である。特に重要な壁画を残しているのは第1、2、16、17窟である。
  第1窟の蓮華手菩薩(ボディサットヴァ・ラドマパニ)の壁画はとりわけ有名である。本来、釈迦が出家してから悟りを開くまでの姿を菩薩と呼んでいたが、後に拡大解釈され、美術作品には女性的な美しさも加えられるようになった。この壁画の中央の釈迦は小さな蓮の花を右手で軽く持ちながら目は細く開き、瞑想をしているようでもあり、微笑を浮かべているようでもあり、優しさを感じさせる。
  石窟の構造には馬蹄形のものと長方形に彫られたものがある。例えば第7窟の内部は馬蹄形に掘られ、壁にそって列柱があり、回廊を作っている。また入り口や柱に施された数々の装飾彫刻は荒削りであるが、おびただしい数の釈迦の姿が彫られており、初期仏教の力強さを感じさせる。
  第26窟の左側廊下には仏像が彫られている。長さ7mで、インド最大の涅槃像である。釈迦は地面に横たわり、二度と立ち上がることなく息を引き取った。周りには嘆き悲しむ弟子たちや信者たちが描かれている。肉体的には滅ぶものの永遠の悟りを手にいれた事に安堵し、すべてを超越した柔和な表情の釈迦が表現されている。

アジャンタの風景
写真7. アジャンタの石窟群。ワゴーラ川によって侵食され、崖になった岩が洞窟状に掘り進められた。石窟群には釈迦を祀るためのチャイティヤ窟と僧侶が寝泊まりするヴィハーラ窟の2種類がある。チャイティヤ窟内部の最も奥まった部分にはストゥーパ(仏塔)や仏像が祀られている。ヴィハーラ窟はより簡素であり、僧の個室が掘られており、岩から彫り上げたベッドなどが残っている。


なぜここに作られたか
  石窟がこの場所に作られた理由は3つあるという。
  ひとつは地質学的理由でアジャンタの花崗岩が適度な硬さで彫りやすかったこと。二つ目は、大勢の人が作業するには水が必要だったこと。修行をする僧の生活用水としてだけでなく、石を掘る際に水を使った。また仏事にも水が必要だった。三つ目の理由は地理的理由で、瞑想のためには静かな自然環境が必要だったこと。しかし、同時に交易のための街道から離れすぎず、俗世界との関わりも保たれていた。アジャンタはデカン高原の諸王朝の寄進に支えられていたのである。

壁画の清掃が残す皮肉な結果
  アジャンタではインド考古調査局(ASI)の化学班が壁画表面のゴミを除去する作業を行なっている。しかしASIの「保全」方針に疑問の声もあがっている。
 1950年代からアジャンタを訪れている米国ミシガン大学の美術史家、スピンク教授は現在の技術では壁画の清掃作業は行なうべきではないと述べている。壁画の状態はASIの「保全」作業が開始されてから悪化したという。特に、塗料として使用された炭素系の黒い顔料がゴミを除去する際に剥がれてしまう問題がある。逆に、掃除をせずそのまま放置した場合、付着しているゴミが自然のコーティング膜になり、壁画を守る役目を果たす。壁画を傷つけない清掃技術が確立されるまで、手をつけない方が良いと教授は述べている。
  強い光は壁画に悪影響を与えるためフラッシュライトをつけて蓮華手菩薩の壁画を撮影することは禁止されている。

観光によるインパクトの抑制案
  アジャンタは中部インドを代表する観光地で、訪問者も年々増加している。
  アジャンタへの訪問者が増え続ければ、壁画のある第1窟と第2窟はより一層の混雑が予想される。現在でも一つの石窟に20人までしか入れないが、規制をさらに強めて、一回の訪問につきどちらかの窟への入場しか認めないことも検討されている。
  ビジターセンターを作り、壁画の複製を展示したり、解りやすい解説をつけることによって、訪問者が石窟に入らなくても満足できるような代替方法も必要だと指摘されている。
  アジャンタの谷には滝や林があり、石窟群がある崖の下は小さな森林公園になっている。

参考文献:
平凡社『南アジアを知る事典』1992年。
樋口隆康(編)、田村仁(撮影)『世界の大遺跡8 インドの聖域』講談社、1988年。
Kedar, Atul; Tettoni, Luca Invernizzi; Photo Bank (Photo); Sengupta, Ranjana (Text), Ajanta & Ellora, The Guidebook Company Limited, Hongkong, 1995.
Mitra, Debala, Ajanta, Archaeological Survey of India, New Delhi, 1992.

関連情報
  アジャンタまではアウランガバードから約100q。乗り合いバスで3時間。遺跡の周辺には町はなく、広大なデカンの大地である。多くの観光客が日帰りの旅程をとるが、入り口に唯一あるロッジに泊まり、アジャンタをじっくり見学する方法もある。

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