なぜ今、「森林」が重要か
1.森林の多様な機能
森林は、樹木の根により土壌を押さえ土砂や土壌の崩壊・流出を防止したり、樹木や落葉、森林土壌の働きにより降水を効果的に地中に浸透させて長期にわたり貯留・流下させる働きを持つ(洪水調節、渇水緩和)。また、周辺地域の気温の変化を和らげ、適宜な湿度を保つとともに、大気を浄化したり、騒音、風、雪、霧などを防ぐフィルターの機能も有するなど、私たちの身近な暮らしに密接したさまざまな機能を有している。木材生産の場でもあり、キノコや木の実、山菜などの「山の幸」も産出する。野生生物の生息地としても重要である。森林が人類の誕生、また文明・文化の発達に果たした役割については論を待たない。現代社会においては私たちに心のうるおいを与え、重要な教育・レクリエーションの場でもある。さらに森林は地球環境の重要な構成要素であり、地球規模での気候の安定化への寄与は計り知れない。
森林の表土土壌は、地中の小動物の活動や根の腐朽などにより、大小さまざまな隙間が形成され、水が浸透しやすい。このため、降雨時には地表を流れ、短時間で河川に到達する水の量は少なくなり、洪水が防止される。また、地中に張り巡らされた樹木の根や林床に繁茂する草本が土砂の崩壊や土壌の流出が防止される。
また、森林は雨水を地中に浸透させ、徐々に河川に送り出すので、河川の流量を安定化させる働きがある。また、雨水に含まれている塵や窒素、リンを濾過・吸収し水質を浄化する。このように森林は渇水の緩和と水質の浄化を通じて水資源を涵養する機能がある。森林が「緑のダム」などと喩えられる所以である。
林野庁では国内の森林の持つ木材生産機能以外の「公益的機能」を総額39兆2000億円にも相当するという試算を行っている。このような森林の提供する「無料」のサービスの経済的な価値を評価しようという試みは各方面で行われている。
地被状態別の浸透能の比較 地被状態 針葉樹林地 広葉樹林地 伐採跡地 草生地 山崩跡地 平均最終浸透能(mm/時) 246 272 160 191 99 範囲 104〜387 87〜395 15〜289 22〜193 24〜281 注:日本での調査結果
出典:只木良也、吉良竜夫編「ヒトと森林」、共立出版、1982
環境庁地球環境部「地球環境キーワード事典」(1997)より転載
降水と河川流出水に含まれる物質の収支差 N P K Ca Mg 降水 7.18 0.45 2.28 2.80 1.26 河川流出水 1.70 0.20 4.50 5.67 2.76 差 -5.48 -0.25 2.22 2.87 50 比率 0.24 0.44 1.97 2.03 19 滋賀県大戸川上流の森林州水域において、降水と河川流出水に含まれる物質の量を2年間にわたり測定した結果である。
資料:第17回国際林業研究機関連合世界大会論文集(昭和56年)
BOX 森林の多様な価値を評価する
(『ワールド・ウォッチ』1998年1/2月号「人間経済を支える自然システムを評価する」より転載)
- 1992年見直されたインドネシアのビンツーニ湾のマングローブ林の代替管理戦略によると、魚や地元で利用される産物、浸食抑制といった利用を計算に含めると、森林をそのまま保つ場合の利益は1haあたり4,800ドルである一方、材木伐採のためだけに森林を管理した場合、産出高は1haあたり600ドルにしかならない。よって経済的利益を長期的に最大に保つには、材木のための伐採を控えめにとどめるべきだという結果になった。
- ニューヨーク市は、常時1000万人が利用している水の浄化を郊外の流域の自然濾過能力に依存している。1996年の試算によると、同市の将来の需要に見合う水処理施設を建設するには70億ドルかかることがわかった。同市は、上流にある郡の飲料水用貯水池の流域保護を支援するという、戦略を選択したが、このコストは水処理施設建設の10分の1である。
2.生物多様性と森林
現在、地球の歴史がはじまって以来のスピードで種の絶滅が進行している。一説によると年間に4万種、すなわち1時間に4.6種という恐ろしいスピードで生物が絶滅しており、これは恐竜時代の絶滅速度の数千万倍にもあたるという(N.マイヤース)。
1995年11月のUNEP(国連環境計画)「生物多様性に関する報告書」によると、
−地球上の生物種は推定1,300種から1,400種。そのうちのわずか13%の175万種しかまだ存在が知られていない。
−現在、わかっているだけで9,400種の動植物が絶滅の危機に瀕している
−絶滅の速度は加速している。鳥類、ほ乳類の絶滅種は1600年から1810年の間に38種だったのが、1810年から現在までに112種が絶滅している
−熱帯林の消滅に伴い、種子植物および動物の一部が、今後25年から30年のあいだに2%〜25%絶滅に向かう。これは自然の状態で予測される千倍から一万倍である。
とされている。
この急激な種の絶滅の原因は、自然のプロセスによるものではない。人間の行動に起因するものである。IUCN(国際自然保護連合)の調査では、種の絶滅の原因は、@生息環境の破壊や悪化、A乱獲、B侵入種の影響、C食物不足、D作物、家畜の加害者としての殺害、E偶発的な捕獲などとなっている(表)。中でも現在、一番決定的なのは生息地の消滅や分断である。
「絶滅の危機」の要因とその内訳(IUCN) 生息環境の破壊・悪化 乱獲 侵入種の影響 食物不足 作物、家畜の加害者としての殺害 偶発的な捕獲 種数 1) 449 250 127 25 21 12 % 2) 67 37 19 4 3 2 注1)魚類、両生類、は虫類、鳥類、ほ乳類で、当該要因により「絶滅の危機」にある種類数
2)当該要因により絶滅の危機にある種数の、全絶滅の危機にある種数に占める割合。1つの種について複数の要因があるため、合計は100%にならない。世界資源研究所(WRI)の報告によると、アジア、アフリカの熱帯地域の61カ国中、49カ国で野生生物の生息地はもとの半分以下に減少し、特にバングラデシュでは人口の急増による薪炭材の採取などにより、野生生物の生息地の94%が消失している。
特に熱帯林、珊瑚礁、湿地の減少の生物の多様性に与える影響は深刻である。熱帯雨林は陸地のわずか7%を占めるにすぎないが、未知のものも含めればここに地球上に存在する種の4〜5割が存在していると考えられている。このうちの大部分の生物は、まだその性質が科学的に解明されていない。
森林の破壊は、破壊された当該森林での生物の多様性に影響を与えるのみならず、地球上の他の地域での生物の多様性にも大きな影響を与える。
森林だけに生息環境を限定せず、季節的に他の地域を利用する生活史を持つ、例えば渡りをする、またはあるライフサイクルを森林に依存するなどの生物にとっても、森林の破壊は決定的な打撃となる。サンコウチョウやアカショウビン、サンショウクイなど、日本の里山で夏を過ごす夏鳥たちが、越冬地である東南アジアの森林減少により激減し、日本の里山の生物相が変化するなどはこの一例である。
また、森林の破壊による土壌の浸食は、河川や湖沼、沿岸域への流入によりそれらの環境を悪化させ、生物の多様性を損なう結果をもたらす。内陸での森林の伐採等に伴う珊瑚礁への赤土の流入が珊瑚礁を破壊しているなどの事例が深刻である。
森林、河川、湿地、海洋などの形成する相互に影響しあう環境を考えたとき、上流部での森林の存在が、河川や湿地、海での生物多様性を支えていることは論を待たない。
このように、生物多様性の保全を考えたとき、森林の持つ役割はきわめて大きい。
3.森林破壊に伴う気候変動
産業革命以後、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスは、石炭、石油そして天然ガスなどの化石燃料の燃焼を第一の原因として、着実に増加し続けてきた。農地を作るために森林を燃やしたり、暖をとったり調理をするために薪を燃やしたりすることも二酸化炭素の増大に寄与している。二酸化炭素濃度は産業革命以前には280ppm程度であったものが、現在では350ppmまで増大し、対策を講じなかった場合、西暦2030年までに400から550ppmに達すると推定されている。
1980年から89年の期間に、地球全体で年平均71億トン(炭素換算)の二酸化炭素が人為的に大気中に排出されたが、この発生源としては、化石燃料の消費等が55億トン、熱帯林の減少等が16億トン(全体の23%)である。これに対し、吸収源は38億トン。このうち、海洋が20億トン、北半球の中高緯度地域の森林が5億トンである(IPCC第2次評価報告書1995)。
森林は「炭素の銀行」と呼ばれるように、樹木それ自体にも、そして森林の土壌にも多量の炭素が蓄えられている。森林面積の減少、特に火入れや森林火災により森林が焼失し、その後も森林が再生しない場合は、減少した森林の炭素蓄積分が、ほとんどそのまま二酸化炭素の放出につながる。また閉鎖林の疎林化や低木林化などの森林の「質」の変化、森林劣化も、単位当たりの炭素蓄積量の差の分だけの二酸化炭素が放出されることになる。
さらに、森林が担っている地域気象の緩和という役割を考えたとき、森林の大規模な破壊が、気流や雨量の変化などグローバルな気候変動をもたらす可能性も指摘されている。
IPCCの第2次報告書においては、二酸化炭素の濃度の上昇を抑制する森林の取り扱いについて、@保全:森林減少のコントロール、森林の保護等による炭素の排出を抑制する、A貯蔵:天然林および人工林の面積や蓄積を増加させる、また耐久性のある木材製品への利用を促進する、B代替:化石燃料ベースのエネルギーを森林バイオマス・エネルギーに転換したり、製造・加工時のエネルギー消費量が多い製品のかわりに木材を利用すること−の3つを挙げている。
●森林の二酸化炭素の蓄積・吸収(日本の場合)
平成7年現在、日本の森林には14億トンの炭素が蓄積されていると推定されている。また、年間の吸収量は2,700万トン(炭素換算)と推定される(『平成9年度 林業白書』)。
また、気候変動枠組条約に基づく第2回日本国報告書によると、日本の森林の二酸化炭素の吸収・貯蔵の推移と今後の見通しは、以下のようになっている。
単位:1000t(CO2換算) 年度 1990 1994 2000 2005 2010 成長による吸収 146,056 142,120 128,377 123,620 119,834 伐採による排出 -61,665 -47,758 -59,092 -62,113 -63,221 森林からの土地利用転換による排出 -579 -929 0 0 0 森林土壌からの排出 -471 -2,599 -2,093 -1,744 -802 合計 83,341 90,834 67,192 59,762 55,811